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儲け話に引く
儲け話とかお得情報みたいなのを持ち掛けられると引く。
こちらが強く求めたわけでもないのに、向こうからそれらを提示されると、本能的に嫌悪し警戒する。
お金のない私の先行きを案じているからと言われれば、一応表面的には感謝はするけれど、そこまで心を寄せてくれるほど親しくしている相手なら、私がそういうものを嫌っていることも承知のはず。
つまり、私がどう感じるかも知らないし、想像させるような深い話もしていない間柄ということになる。
親しくない。
親しくもない人が、なぜ私にそんないい話を振ってくるのか。
そんなにいい話なら、あなたが独り占めすればいいではないか。
私は財布に余裕がないだけでなく、博愛主義でもないし、狭量で底意地が悪いので、儲け話はもちろん、同情でお金を出すこともしない。
(被災地への寄付など、特別なものを除いて)
離婚した当初、明日の食べ物にも困るというような状態だった。
財産分与のマンションがあるからこそやってこれたと思う。
でも、独りになった月は現預金の合計が2万円しかなかったから、マンションの管理費にも足らない。
夫との生活にかかった当月分の費用はカード払いだったから、一人暮らしの経費の何倍もの金額が、翌月私の口座から落ちる。
いや、落ちない。
残高がない。
離婚を画策しながら、どうしてお金を貯めてこなかったのかと思われるけれども、倒産と破産を繰り返した実家の援助と自分のうちの生活費にいっぱいいっぱいで、とてもそんな余裕はなかった。(夫から生活費をもらってなかったので)
通常は給与の振込は翌月だから、そのままならどこかで借金しなければならなかっただろう。
なんとか当月払いの仕事を見つけて、それでしのいだ。
自転車操業。
「とりあえず」「いまだけ」「すぐ返すつもり」の小さな借金が、夜逃げや破産に繋がる経験を目の当たりにしながら育った私は、借金に対して他人様より大きな恐怖感がある。
クレジットカードは使っているけど、リボとか分割とか絶対にしない。
リボ払いを勧めるメールとか、私には迷惑メールでしかない。
一括で支払えない金額の買い物は怖くてできない。
困窮を察知した親友が、食糧を宅配で送ってくれた。
コメやパックご飯やレトルトのカレーや総菜、それから自分では絶対買えないデザート類など。
平日のほか土日にも別の仕事を入れ、夜には内職をし、夫の部屋だったところを間貸ししたりもして、目を三角にしてお金を貯めた。
1年後には、兄が病になり、やむなく仕事を減らして実家に通い、さらに1年後、在宅で介護となる。
お金の工面と多忙で、鬼の形相だったと、当時の私を知る人は言う。
その兄も母も逝き、ようやく自分の稼いだ金を自分のためだけに使えるようになり、私の暮らしぶりが安定するまで、約3年間、そしてその後、私が事故に遭って仕事も調理もできない期間、友人は毎月、食糧の仕送りをしてくれた。
誕生日には、いつも自力では入れないレストランで御馳走をしてくれる。
彼女は大地主の娘で、自宅の屋敷のほかにマンションを持っている。
私のようにマンションの部屋ではなく、棟を持っていて、賃貸にしている。
その、私にすれば大金持ちの彼女が、感謝の言葉を重ねる私に言った。
「これくらいでごめん。でも、お金をあげるわけにはいかないからね」
その言葉に私はひどく打たれた。
ああ、だからこの人とこんなに長いあいだ、いい関係を続けてこられたのよな。
お金を渡せば簡単だ。
当人が必要なところに使えるし、便利だ。
好みや使い勝手を想像してあれこれ買い集め、梱包する手間も必要ない。
でも。
できうる限り、私たちの友情にお金のやり取りを発生させない、させたくないという彼女のポリシーを感じた。
そこに感動し、共鳴した。
私だからかもしれない。
私の価値観を知っている彼女だからかもしれない。
私にとってお金は、最大の味方であり、同時に敵なのだ。
失敗したら死ぬかもしれないと思った4年前の手術のとき、死後の処理(主として支払関係)を遺言として託したのが彼女だ。
そのとき、口座番号も暗証番号も伝えた。
家のスペアキーは、一人暮らしになったときに渡してある。
「けしてお金を介在させない」という彼女だからこそ、私はすべてのお金の情報を安心して渡せたのだと思う。
ロマンス詐欺とかいうのが流行っているらしい。
私は、どんなに好きな相手でも、借金を申し込まれたら、いや仄めかされた時点で、引いてしまうと思う。
たとえば病気の娘さんがいるシングルのイケオジに恋い焦がれたとしたら、看護や家事の手伝いなら喜んでするし、食料も送るが、治療費を貸してと言われたら断る。
宝くじが当たって大金持ちになったとしても、だ。
オレオレ詐欺も投資詐欺もそうだが、詐欺ではないかと疑う前に、借金や儲け話が出た瞬間に、親しさも愛しさもガクンと急降下する。
冷酷と謗られようが、そういう感覚なのでどうすることもできない。
しかし、宝くじが当たり、かつ独身のイケオジに恋する可能性は、万に一つもない。
子も孫もいないので、受話器の向こうで「母さん(ばあちゃん)、助けて!」と呼び掛ける愚か者はいないと思うが、もしあったら即警察に通報する。
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