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表現と創(きず)「魔女になる日 さよならおっぱい」4

 

表現と創 私の日常について


 
 東京で出版編集者をしていた私は、2012年、東日本大震災原発事故に子連れで京都にやってきた。その後の7年間は、フリーランスの編集者、ライター、大学や企業、行政のキャリア講師として働き、詩人やエッセイストとして中村純の筆名で6冊の自著を刊行した。
 2019年、京都の芸術大学の文芸表現学科の特任職の公募で一年契約更新の教員として着任し、今6年目の准教授である。編集者や書き物もしている。

 創作の創は「きず」と読むことを自覚的に詩に書いたのは、詩人の高良留美子だ。
 芸術や文学の傍にある人たちは、敏感で繊細な感受性を抱いている。表現者が創から立ち上がるように作品を創る。芸術、表現することは、意識するとせざるにかかわらず、恢復への試みである。それに伴走するのが編集者の仕事で、芸術大学の教員の仕事だ。
 

無意識の海


 私は、表現する人の意識下に沈む無意識の海を感じる。そこからその人が浮上してきて表現しはじめるのを待っている。その人が表現を形にしはじめるのを技術的、心理的に支え、時には共に海を泳ぎ、空を旅する。

 私の深部にも広大な無意識の海が広がっている。凪いでいるときもあれば、波打っていることもある。自分と他者にわかるのは、意識された氷山の一角のような一部だけである。無意識の海では、記憶、痛み、淡い光、死の影、あこがれ、安堵、危機、未来の記憶、いくつもの認識が波打っている。他者を尊重することは、おそらくはその海の全体の佇まいを少し離れて感受すること、バウンダリー(境界線)を超えないこと、その海に許可なくダイブしたり、モーターボートで走ったりしないことだ。
 氷山の深部に流れる水琴窟のようなかすかな水の音を聴こうとすること。他者にそばにあってできることは、そのようなことに過ぎない。深い文章を書く人のなかにある無意識の水は、輪郭をともなって私の前に立ち現れる。ぶしつけな無意識は目つきとなり、侮蔑は目の光となり、拒絶は合わない目となる。無意識を発している自身は、そのことに気づいてすらいない。

 個々のなかにある海の佇まいを無視した集団性は、ときに暴力的な他者となる。海を表現する者は、集団性から離れる。その静けさと孤独に耐えうる強靭さを持たなければならない。

 

恢復を試みる人たち



 芸術大学においては、望むと望まざるとにかかわらず、学生たちのメンタルケア、メンタル・ヘルスに向き合うことがある。芸術や表現は恢復への試みでもあるという前提に立てば、表現や芸術に関わる方たちのなかには、無意識下にトラウマとなる外傷体験や、精神的な病を抱えている方もあるだろう。
 ふいに、おぼれている人に手をつかまれ、その人の荒れた海に引きずり込まれることがある。あるいは、私の静かな海にその人がダイブしてきて、手足をバタバタとさせることがある。

「もっと私を見て、私だけを見て、私をケアして、私に愛情を注いで」

 それは心理学でいうところの投影である。与えてくれなかった自身の母親や誰かを私に投影し、誰かにぶつけるはずだった怒りや悲しみをぶつけ、包まれるはずだった親の海を無意識に私に要求する。本人はそのことに気づいていない。試し行動に出られることもある。手に負えないようなことも起きる。私が手に負えないというだけでなく、その人自身が自分自身のことを手に負えなくなっている。

 何が起きているのかを理解するために、2022年、私は公認心理師の資格を取得した。作品の創作支援は、カウンセリング的対話でもあり、成長へのケアである。相手の心深く察知することを期待されながら、それは決して対等な人間関係ではない。一方的に私をすり減らす仕事でもある。時々、教職員やほかの学生にとって、二次的外傷性ストレスになる「事件」が起きる。
 
 昨年の夏、過密な日々と、ギリギリのところからヘルプと承認を求めてくる学生たちのケアの緊張の限界のしきい値にあった私に、ダメージのトリガーとなるような事件が起きた。その瞬間、私の右胸がスーンと痛んだ。兆候のようなもの。私が砂のようにこぼれおちた。直観のようなもの。限界だった。私は危険を察知して、教室を出た。

 私の意識下の海は深くダメージを受け、勤務中なのに1時間以上動けなくなった。そのときの私は、一身に身にストレスと痛みと不信感を引き受けてしまった。その後の事件対応のプロセスで、私が生きて働きつくってきた誇り、自己や他者への信頼感がズタズタにされた。私はこの数年、心身にダメージを受けたという自覚がある。この6年、詩を書くことすらできない日々が続いた。ストレスががんに抗する免疫を後退させるというのなら、私はどうすべきだったのだろう。

 海ですらない底の見えない混沌とした沼の底に在るような意識から、その人たちが自分をみつけ、浮上して、表現して成長する姿を見たい。苦しい、苦しい、不安だと泣いているだけじゃだめだよ。苛立って人を侮辱したり、リストカットしたり、薬を呑むことで救われることはない。誰かがすべてを満たしてくれるということはない。他者がすべてを満たしてあげられるのは、3歳の子どもに対してだけよ。言葉にしなくても、黙っていても察してもらえるとか、批判したり、要求したり、泣けばすべてわかって聞いてもらえるなんて思ってはいけない。私たちの思考の方法は、書くことだから。覚悟しなさい。

 私が言いたいのはそういうことだ。自分にはケアされる権利があり、大人は当然完璧に自分をケアすべき人であるという認識は違う。すべて手取り足取り、願ったように教えてもらえるという認識も違う。表現しようとしているのならば、自分の海をひとり抱えて、その海で泳ぎ切るしかない。自分の海がどれだけぶざまでも、他者の海と比較しても、他者を侵害してもいけない。
 そうやって学生たちは、他者の時間と心身をすり減らし、時に他者にダメージを与えても、自己を発見し、作品として表出し、卒業という形で私から過ぎ去っていく。私が彼らから卒業する日もあるだろう。

 あらゆる子育て、若者と向き合うときに、そうした疲弊とそれを超える甲斐があるだろう。若いときの黒歴史を私にかぶせた若い人たちは、通り過ぎて、批判して、泥をかぶせて、二度と戻ってこないかもしれない。自分の人生に離陸できたら、もう戻ってこなくていい。大人を軽んじて、踏み台にして、大人のやさしさを食いちぎって、若者は大人になる。

片胸の傷痕をさらしで巻いた姐さんより


 若い時、人は死に近い。若いとき、人は死にかけたりするものだ。それは私にもわかる。
 私は少し老いて、残して死ねない人がいるから、まだ生きねばならない。私は仁義の人だから、私を死なせなかった恩師や先輩たちと、40年、30年と付き合っている。
 だから、私は明日退院するけれど、乳がんで切除した片胸の傷痕をさらしで巻いた姐さんになって、まだもう少し、あなたたちと付き合おうと思うよ。
 この6年、出会った学生たちのなかには、若いのにとてもしんどい病を抱えた方たちもいた。私はビッグガールだから、人前で泣かないし、泣けないけれど、あなたちの診断書の病名を見て、少しだけひとりで泣いたことがある。あなたたちの傍にいられるようになるために、公認心理師の資格をとったり、キャリアコンサルティング技能士の資格をとったりした。本も読んだ。

 あなたたちが、私ノンフィクションとして試みようとして、苦しむ作品の多くは、酷い外傷体験や難しい病、孤立や欠如、空白を生き延びたサバイバーの体験だった。「自分のことを書いてどうするの」、幾度となく大人たちに言われながらも、あなたたちは書くことで思考し、手放しそうになった自分をつかみなおし、穴の中から顔を出し再び歩き出した。
 若い作家たちは、まずは自分のことをしっかりわからないといけない。自分のことを見るのは怖いし辛い。あなたちは勇敢だった。今度は、それを私小説、オートフィクションとして試みるともっと伝わると思う。真摯に考え、自分の足場に立って書くのならば、それがどのようなものであれ、私は一緒にいようと思う。
 
 国立ハンセン病療養所、本の街神保町、吉祥寺、大阪鶴橋。一緒に旅したね。ジェンダー、若い人たちの生きづらさ、若年女性の支援の現場。あなたたちが見せてくれた現場。
 あなたたちの懸命な試みが、私を照らした。私が今、こうしてこれを書いて恢復を試みているのは、あなたたちのおかげだと思う。

 今、自分も病を経験して、少しだけ、あなたたちの傍にいさせていただける資格を得たように思う。自分は安全な場所にいて批判や批評を書くことはたやすい。だから、私もあなたたちの勇敢さをまねて、自分をさらして、私ノンフィクション、私乳癌小説を試みてみようと思う。

 ゼミの学生たちにも話した。今度は仕事をやめるわけにはいかない。女が仕事を辞め、キャリアと経済を喪う理由や壁は多すぎるし、病する若い人たちが、病しながらは働けないのだ、人生を諦めなくてはならないのだと絶望しないように。彼らより長く生きた分、勇敢で強くいようと思う。
 16歳の息子にも、医療のかかり方、病との向き合い方、覚悟が伝わるように。
 こんなこと、面と向かって話すのは難しい。若い人たちは、大人の私、ましてや「教師」などという立場に立たされてしまった人間の内面に、関心はないかもしれない(私はそろそろ「先生」も「お母さん」も返上して、ただひとりの純に戻るよ)。
 私は親世代の素晴らしい女性たちを姉のように思って、その背中を見て自分を鍛えてきたつもりだ。私の背中はあまり美しくない。あなたたちが時々飛び込んでくる私の胸元は、右のおっぱいがなくて、空白の跡地のような傷痕になってまだ痛い。腕は90度までしかあげてはいけない。
 そこのところ、よろしくお願いしますね。


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