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【アルケミスト】読み解きお手伝い 読書感想文にもおすすめ 角川文庫の夏フェア

 【アルケミスト 夢を旅した少年】 
パウロ・コエーリョ 山川紘矢・山川亜希子 訳
角川文庫 平成9年2月25日 初版 p199
(今回の読み解きに使ったのは、令和6年5月15日 96版)

引用は自由ですが、その際には
<note 【アルケミスト】読み解きお手伝い  城戸飛鳥>
と明記してください。



1.あらすじ・おおまかな解説

 羊飼いの少年サンチャゴが、古く朽ちた教会で見た夢に導かれて、隠された宝物を見つけに旅立ち、さまざまな出会いと経験を得て成長してゆく、という物語です。
 困難にくじけそうになっても、あきらめずに前に進むことで、より良いものを手に入れられると、教えてくれるお話でもあります。ただ、それはあくまで物語の表層でしかなく、『アルケミストは』単なる冒険物語ではありません。
サンチャゴの体験を通して、この世界の成り立ち、また、世界の中で私たち人の存在がどういうものなのか、気付きをくれる物語でもあります。

アルケミストの作中で基盤となる世界とは、一神教(キリスト教・イスラム教・ユダヤ教など)で信仰される唯一神によって創られた世界を指しています。となると、人も神によって創られたことになり、神によって創られた人が、神が創った世界の中でどう生きるか、どのような存在であるべきかと問いかける作品でもあります。
世界を神が創ったというのは、宗教的な物語であると私は考えますが、それでも、私たちが生きる世界の中で私たち人間がどう生きるべきか、そういったことを考えさせてくれる作品です。

とはいえ、難しいことはおいて、サンチャゴの冒険にはらはらはらしたり、いらいらしたり、わくわくしたり、しんみりしたり、おもしろかった、楽しかった、それだけでもちっとも構わないし、それこそが読書の醍醐味だと私は思いますが、せっかくですから、少しだけ深く読み込んでみると、サンチャゴの苦難の旅の後ろに隠されているものが浮かびあがってくるかもしれません。
そのための読み解きのお手伝いをしてみたいと思います。
中学生高校生の読書感想文にもおすすめです。

物語の舞台はスペイン南部のアンダルシアから始まります。時代設定は中世、8世紀以降12世紀ごろまでと思われます。ムーア人の侵攻のことが出てきますが、これは8世紀ごろのことで、また錬金術が隆盛したのが12世紀ごろであろうということから推測しました。作中では明示されていません。
舞台となる土地と時代背景から、馴染みのない言葉が少なからず登場します。そこで言葉の簡単な説明と、読み解くうえでキーワードとなる言葉を紹介し(内容に関するネタバレはありません)、最後に私の簡単な感想をまとめます(こちらはネタバレありです)。

2.作中に登場する地名・用語について

★アルケミスト(alchemist)
 錬金術師[学者] ※2

★錬金術
卑金属を人工的手段により貴金属に転換する術のこと。錬金術師たちの間では「哲学者(賢者)の石」と称せられる、卑金属を貴金属に転換する媒材の獲得に努力が傾けられ、それを求めて旅に出たり、工房や実験室で発明が試みられたりした。 ※5
 
古代エジプトに起こり、アラビアを経てヨーロッパに伝わった原始的な科学技術。卑金属(容易に酸化する金属/銅、鉄、鉛、錫など)を貴金属(金、銀)に変化させたり、不老不死の万能薬を生成することなどを試みた。※1一部抜粋
 
★賢者の石 
物質を金に化したり、万病をいやしたりする力を持つと信じられた物質。西洋中世の錬金術師たちが探し求めたもの。 ※1一部抜粋

★アンダルシア
スペイン南部。イベリア半島南端 中世に約800年間ムーア人の支配を受け、イスラム文化の影響が強く残る。※1 一部抜粋

★タンジュ(Moor)
現在のコンゴ共和国。ジブラルタル海峡に面した港町

★ムーア人
アフリカ北西部に住むイスラム教徒で、8世紀にイベリア半島を侵略し、そこに定着したベルベル人とアラブ人の混合民族 ※3

★セイラム
おそらく旧約聖書に出て来るSalem(サレム)のこと。
セイラム王メルキゼデックは、旧約聖書の登場人物でシャレムの王のことかと思われる
※4を参考に城戸がまとめました

★ファティマ(地名)
ポルトガル中部、サンタ連県北西部、コバダイリア台地にある村。1917年5月13日に付近の子供3人が聖母マリアの幻影を目撃して以降、聖地として有名となり、現在では壮麗な聖堂が立ち、毎年多数の巡礼が参詣する。※5一部抜粋

【以下より引用】
※1 広辞苑 第七版
※2 ジーニアス英和辞典第五版
※3 日本百科全書ニッポニカ 
※4 聖書入門.com  https://seishonyumon.com/glossary/
※5 ブリタニカ国際百科事典 小項目電子辞書版

【以下は城戸の解説】
★イチジクの木
神の教えに背いて知恵の実を食べたアダムとイブが、裸を隠すのに使ったのがイチジクの葉とされている。
★羊飼い
キリストの誕生を賢者に伝えたのが羊飼い
★クリスタル商人
サンチャゴが前兆を読むためにセイラムの王様からもらった石、ウリムとトムミムはクリスタル製。サンチャゴを助けてくれるのもクリスタル商人。
★エジプト
モーセの出エジプト記を連想させる
★第六日目
旧約聖書の創成記によれば神は六日目に人間を創り、七日目を安息日とした。

3.ポイントになるキーワード

●マクトゥープ 
アラビア語で「それは書かれている」と言う意味
すでに世界で起きる事柄は書かれているので、書かれている事柄が起きる前には前兆が現れると読んでいいのかもしれない。書いたのは誰かが重要。
世界は創られたときから終末が決められていて、決められた終末を迎えるために、世界で起こることのすべてがあらかじめ決められている、という考え方がある。

●大いなる魂
大いなる魂とは何を指しているか。

●前兆
すでに起きると決まっていることが、まさに起きようとしている印のようなもの。前兆を顕しているのは誰か。

●ファティマ(人名)
先に地名として挙げたが、アラビア圏で多い女性の名前でもある。作中で「予言者の娘さんの名前」とあるが、これはイスラム教の始祖、ムハンマドの娘の名前がファティマであることを言っている。
聖母マリアの出現した土地の名前と、イスラム教の始祖の娘の名前との2つの意味を持つ名前の持ち主のファティマの存在は、何を暗示しているか。


4.私的感想文(内容のネタバレあり)

予備知識なしで読んでいただきたいので、出来れば読了後にご覧ください

 

旅を終えたサンチャゴが、真実手にしたのは何だったのだろうか。
イチジクの木のある朽ちた教会に戻り、見つけたのは征服者が隠したまま忘れ去られていたスペイン金貨や宝石などの財宝だった。けれどこのあまりに現世的な宝物だけがサンチャゴが手に入れたものではない。
 旅を通じて知識と経験を得た。砂漠のオアシスで出会った錬金術師から、錬金術師は世界の成り立ちを知り、神と通じる力を持つと教えられた。唯一の神が創った世界の中で、人間がどのような存在であるか、またあるべきか、世界の在りようというものを知った。

 錬金術師は鉄や銅や水銀を金に変える秘術を会得し不老不死を得る、超越的な存在であると一般的に思われがちだが、アルケミストでは、神と通じる力を持ち、世界と神を結び付ける役割を持つ存在として描かれている。だから鉄や銅や水銀を金に変えられるのだ。
 なぜか。
 世界のすべては神と共にある。人も神に創られたものであるから、人以外の世界のすべてと元は同じもので同類である。同じ素材から作り出された違う形のものでしかない。紙粘土でキリンを作ったりバラを作ったり、色を付けてどれほど精巧な出来上がりでも、元はどちらも素材は紙粘土というのに似ていると思う。
 なにもかもが世界を構築する一部であるなら、形は違っても元の素材は同じで、神に通じる力を持ち世界の成り立ちを知れば、鉄も銅も金に変えることは簡単だ。見た目を変えるだけなのだから。

 サンチャゴも作中では「大いなる魂」と呼ばれる、神に通じる体験をする。砂漠や風や太陽と心の会話が可能だったのは、おたがいが世界の一部であり同じ手によって創られた、元は同じ存在だからだ。まさに世界は一つということだ。

 さらに、神の手による、という言葉を省いたとしても、人が世界の一部であるのは間違いなく、人以外の様々もまた世界の一部であるから、まったくの別物でなく、同じ世界にある物として共通であり優劣はない、人だけが特別なのでなく、あらゆるものが平等であると読める。普段は忘れてしまいがちなことで、ああ、そうかと、深く納得させられた。

 さて、サンチャゴは冒頭に名前が一度出たきりで、作中ではずっと『少年』と呼ばれている。他にも『クリスタル商人』『イギリス人』『錬金術師』『族長』など、登場人物のほとんどは名前でなく肩書や属性で呼ばれている。例外はファティマで、これはその名前に意味があるから、特別扱いなのだろう。
 なぜだろう。
 普遍性を意識してのことなのかなとも思う。名前があれば顔がある。名前も顔もなければ、自分をそこに当てはめて読める。そう考えると、当然サンチャゴ(少年)に肩入れしているものの、ときには求めるものが手に入らないイギリス人の苛立ちに頷き、夢は果たさず持っているだけのほうが生きてゆきやすいと言うクリスタル商人に共感し、錬金術師の孤高が寂しく迫った。
 いっぽうで穿った見方をすれば、神の元ではみな平等であるとすれば、人も世界を構築するパーツのひとつと考えられ、個人としての名前はさほど重要でないことになり、個人を識別する属性と役割を示せばいいことになる。
どちらだろうか。私としては、後者のような気がする。

最後に作中で一番好きな言葉をあげておきたい。
『お前が何かを望めば、宇宙のすべてが協力して、それを実現するように助けてくれるよ』


たからもの


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