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うちのコは神である

うちには犬がいる。

とてもかわいい。
目の中に入れても痛くない。
入れたことはないし入れるつもりもないが、痛くないはずだ。

うちの犬は、自分の名前を「かわいい」だと思っているかもしれない。
私が1日に何回も「かわいいかわいい」と言うからだ。

○○ちゃん、かわいいね〜♡
昨日もかわいかったけど今日もかわいいね〜♡
明日もかわいい予定?♡

私のこの姿は誰にも見せられない。
一歩外に出たら、こんな姿は封印するように努めている。

他人には決して「うちのコ」などと言わず、「うちの犬」と言う。
性別をきかれたら毅然として「オスです」と言う。ゆめゆめ「男のコです♡」などと言ってはならない。
私も理性ある社会人だからだ。世の中の人がみな犬好きというわけではない。

しかし家のドアを開けたら、そこはうちのコが支配する世界である。
私は一介のしもべとなる。

帰宅したらなにを置いてもまず犬のお世話をする。
散歩にお連れし、ご飯の用意をする。
用意ができたら、ソファーでくつろぐ犬に
「○○ちゃん、ご飯よ〜♡」と、世話女房のように声をかける。
私が自分の用事をするのはそれからだ。

私とうちの犬の関係は、月影千草と源造のそれに似ている。もちろん私が源造だ。

源造は常に月影先生のそばに影のように付き添い、身の回りの世話をし生活のすべてを支えている。
夫でも恋人でも家族でもないのに。
なんの見返りも求めず、生活能力ゼロの往年の大女優のためだけに生きている。

その元大女優は一片の疑問も抱かずに源造を手足のように使っている。
彼女にとって源造は空気のような存在なのだろう。それなしには生きていけないのに、普段はまったく眼中にない。

そんな月影先生も、ごくまれに源造に謝意を伝えることがある。

いつも世話をかけますね。

ありがとう。
おまえのその言葉に わたしは
長いあいだ甘えてばかりきましたね。
感謝していますよ。

    「ガラスの仮面」文庫版第17巻より

源造は感激する。
たったこれだけの言葉で、彼はまた嬉々として何年も滅私奉公するのだ。さすが大女優である。

いや、わかるよ源造。
相手が大きすぎるのだ。
その恐るべき魅力の前では私たちはなすすべもなく平伏すだけだ。
月影千草とうちのコは、もはや私たちを支配する全知全能の神なのだ。

そうして私は今日も神に仕える。
シッポを振ってもらうという恩恵にあずかるために。


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