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未来の都市と交通

前回の記事ではイノベーション創出事業部の部長、川口伸明さんに世界193ヵ国・39言語・7億件を超えるイノベーションデータから近未来のライブシーンを描き出したベストセラー『2060 未来創造の白地図』(以下、『2060』)で描かれた世界観のなかでも、私たちの生活と密接に関わる「衣・食・住」の分野について、すでに現れはじめている未来の“兆し”について語っていただきました。

今回は、スマートシティテクノロジーによって大きく動きはじめた「都市」と「交通」についてお話を伺いました。

未来の都市と交通はどうなる?

---『2060』では未来のモビリティが「ロボット化する交通」と「ゲーム化する都市」の観点で描き出されていましたね。

未来のクルマはVRシアターにも医療機器にも変幻自在のAIロボットにもなります。また、車椅子はスタイリッシュなパーソナルモビリティとなり、呼べば迎えに来てくれるラストワンマイルでも大活躍するでしょう。

クルマが家の一部になり、家族団らんのまま、部屋の一角が移動を始め、戻るとまた家と合体するといった"居住空間のモビリティ化”も考えられます。

クルマだけではありません。道路自体が情報発信するメディアになり、近隣のニュースや交通情報、店舗紹介などをテレマティクスやスマートフォンで受信可能になります。そしてその先には、都市・交通の全体が、RPG(ロールプレイングゲーム)を提供するメディアとなる未来も見えてきています。

進化していくのは大都市だけではありません。地方都市や過疎化地域には、最先端テクノロジーのテストベッド、高速シミュレーションドックとして再生・再開発の可能性があります。また、大規模木造建造物を中心としたサイバー・フィジカル森林都市や、美的情報を取り込んだ都市デザインなど、さまざまな特色を持った小規模都市や地域コミュニティが分化し、一極集中型・巨大化ではない小規模ネットワーク型都市群を形成する未来も考えられます。

さらには地上だけでなく、地下大空間や海上・海中、空中(軌道エレベーター連携)、モビリティ一体型の動く都市などさまざまな未来都市が提案される可能性も考えられるでしょう。

動きはじめた都市構想

---では2020年3月の『2060』の刊行以降、現在までにどのような動きがありましたか?

スマートシティづくりに向けた都市構想が世界各地で動きはじめています。

ヨーロッパにおけるスマートシティづくりの先駆者として知られるバルセロナでは、2015年の時点ですでにスマートシティの先を行く「デジタルシティ」構想を掲げていました。
バルセロナ市では、市民生活に関する様々な情報やデータは、市民に属するものであり、市民に還元すべきものと考えるいわば「デジタル民主主義」の考え方により、都市のリアルタイムデータを一元管理する統合プラットフォームと、ウェブポータル「City OS」を整備、都市の運営に市民が主体的に参加できるオープンデータ・ガバナンスの環境を備えています。また、市民参加型プラットフォーム「デシディム」(Decidim)により、交通や環境、格差等の都市課題を市民自らが発見・共有し新たな政策を提案するという取り組みも進められています。

さらに、若者を対象とするアウトリーチ活動も重視しており、2018年スタートの「バルセロナ・オープンデータ・チャレンジ」(Barcelona Dades Obertes Challenge)は、市のオープンデータをもとに社会課題を見出し、解決策を生み出すコンペティション。市民とともに、社会的格差の是正、生活環境の改善など、誰にとっても暮らしやすい「社会の質」の高い都市を目指しています。(※1)

米国では今年10月、スマートシティ構想を推進するため、地域コンソーシアム7団体で構成される国内最大級のスマートシティ・ネットワークが発足しました。National Smart Coalitions Partnershipと呼ばれるこのネットワークには、コロラド州、テキサス州、アリゾナ州、イリノイ州、ミズーリ州、フロリダ州の地域コンソーシアムが参加しています。連邦政府のインフラ投資を活用してスマートシティ整備を進めるほか、ネットワークに参加する100を超える地方政府や企業、大学の間でベストプラクティスを共有。また、地域間の協力を通じて、地方政府でのキャパシティの限界といった課題に取り組もうとしています。(※2)

一方、日本国内では、国土交通省が全国56都市の3D都市モデルをオープンデータ化し、公開するという動きがありました。これは2020年度からスタートした、現実の都市をサイバー空間に再現する3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化する「Project PLATEAU」によるもので、東京23区をはじめとした全国56都市の3D都市モデルがオープン化されました。今後は、3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化のエコシステム構築のほか、デジタルツインの実現に向けた取り組みもはじまる予定です。(※3)

(※1)「シティOS」で市民に還元。バルセロナが本当にスマートな理由
(※2)Regional consortiums create one of the largest US smart cities networks
(※3)国交省、全国56都市を3D都市モデル化完了。オープンデータ公開


スタートアップがけん引するスマートシティテクノロジー

---国内外ともに都市構想が具体化してきていますね。ではモビリティはいかがでしょう?

モビリティをはじめとするスマートシティテクノロジーの分野ではスタートアップへのベンチャー投資が拡大中で、過去数年間で、スマートシティ関連スタートアップ900社以上が合計50億ドルを調達しています。(※4)

オフィスの閉鎖などで交通パターンに変化が生じ、公共交通機関の乗客数が減少するとともに、フードデリバリーやAmazonの配送によるマイクロモビリティ車両の交通量が急増していることを背景に、ニューヨーク、サンフランシスコ、シアトルといった大都市では駐車スペース不足が深刻化しています。こういった交通インフラを管理・最適化できるソフトウェア開発に投資が集まっているのです。

具体的な例としては、カリフォルニア州マウンテンビューを拠点とする駐車管理ソリューション開発のBarnacle、空いている駐車スペースを探知するセンサーを開発するカナダ・モントリオールのGenetecなどがあります。

また、米国の車載エッジAIを開発しているスタートアップであるBlaizeが、日本企業のデンソーなどから7100万ドル(約78億円)の資金調達を完了しました。彼らの製品は乗員のモニタリングやADAS(先進運転支援システム)、インフォテインメントなど自動車の車内アプリケーションを主な用途としています。スマートリテールやスマートホーム、スマートシティアプリケーション向けにも販売されており、『2060』で描いたような”コンテンツ化するクルマ”や”AI化する都市”の実現を後押しする存在といえるでしょう。(※5)

2025年、関西・大阪万博が開催される大阪では、都市型MaaSを軸にした​​都市と交通のデジタル化が進められています。地下鉄(Osaka Metro​​)では顔認証や二次元バーコード等によるチケットレス改札実験、MaaSアプリを​​利用して乗りたいときに乗れるオンデマンドバスの運行、駅・車内空間のデジタルツイン化​​による運用の効率化や安全管理などの推進が計画されています。駅や交通インフラもまた、データに基づく情報発信基地として活用されつつあります。交通機関は単なる移動手段でなく、今まで以上に生活のストーリーの一部として、意識されるようになるでしょう。(※6)

(※4)Why Smart-City Tech Startups Are A Smart Investment
(※5)車載エッジAI新興企業のBlaize、7100万米ドルの資金調達
(※6)大阪万博に向けて加速する、大阪の都市型MaaSと街づくり

イノベーションの“ゆりかご”となる地方都市

---国家レベルのプロジェクトばかりでなく、スタートアップやベンチャー投資の動きも大きいですね。しかし取り組む分野が都市や交通となると、規制の壁を乗り越える必要がありそうです。

都市自体がスタートアップなどと連携し、最先端テクノロジーの“ゆりかご”のように機能する例も出はじめています。

テキサス州の州都オースティンは、最近、テスラ社が本社移転先として発表したこともあり、”ネクスト・シリコンバレー”とも目されている都市ですが、このオースティン近郊で3Dプリンティング住宅の建設プロジェクトが始動しました。(※7)

米国では手頃な価格帯の住宅不足が続いており、2020年末で一戸建て住宅の供給不足は380万戸と試算されています。こうしたなか、フロリダ州マイアミに拠点を置く大手住宅建設会社のLennarが、オースティンの建設スタートアップICONと共同で、3Dプリンティングを用いた住宅100戸からなるコミュニティを構築する建設プロジェクトを2022年に開始すると発表しました。ICONは、既にメキシコとオースティンで10戸前後の3Dプリンティング住宅を建設済みですが、今回のプロジェクトは国内最大の3Dプリンティング住宅開発となる見通しで、このプロジェクトを通じて、大量生産の実現と大規模な購入者需要を生み出すことを目指しています。

国内では、東大大学院農学生命科学研究科が、北海道更別村にサテライトキャンパスを設置した例が挙げられます。人口3200人弱の同村は国家戦略特区「スーパーシティ」指定を北海道で唯一目指しており、急ピッチでスマート農業のインフラを整えてきました。全地球測位システム(GPS)で自動走行するトラクター400台以上が稼働しており、農薬散布ドローンも導入されています。農学生命科学研究科は17年から村内に拠点を構え、農家と協力してビッグデータの収集と解析を進めてきましたが、今年5月に村と連携協定を結び、教育研究や人材育成などで協力することを決めたのです。(※8)
なお、『2060』でも取り上げましたが、更別村の農家一戸あたりの粗収入は平均で6,800万円超となり、文字どおり「日本一の大規模農業の村」として注目されます。(※9)(※10)

(※7)3-D Printed Houses Are Sprouting Near Austin as Demand for Homes Grows
(※8)東大が北海道に新拠点 更別村は「GPS農機」400台
(※9)北海道・更別村HP「村長室へようこそ」
(※10)更別村はお金持ちが多い!?日本一裕福な村がスーパーシティ構想へ挑戦!

アートが実現するサステナブルタウン

---都市や地域全体でイノベーションを育もうとしているんですね。

都市の在り方自体が社会課題解決につながっている例もあります。

日本人の美術家MAGOは、2017年に世界の電子機器の墓場と呼ばれるガーナのスラム街・アグボグブロシーを訪問。そこで1日わずか500円の日当で先進国が捨てた電子機器を燃やし、大量のガスを吸って癌になってしまう人々に出会い、アートの力でこのスラム街を良くしようと誓います。そこで彼は、先進国からこのスラム街に投棄された廃材を利用して作品を制作し、その売り上げでガスマスク850個を寄付しました。2018年には作品が1点1500万円で売買されたことなどにより活動に弾みがつき、2019年にはスラム街初の学校を、2019年には初の文化施設を設立するまでに至りました。(※11)

MAGOはこの取り組みの最終章として、2030年までに100億円以上を集め、現地に最先端のリサイクル工場を建設、スラム街で働く人々を工場で雇用することを目指しています。

これが実現すれば、“世界の電子機器の墓場”ではなく、アートを媒介とした循環型都市がそこに現れることになるでしょう。

(※11)長坂真護オンラインギャラリー