アード・リーヴン『カムツラギ』紀行記2
カムツラギの身体は発光していた。
それはそれは発光していたのじゃよ。
初孫を迎えたばかりのシワースーおじいさんは丸い飴を舐め、ゆらゆらと揺れるロッキンチェアに凭れながら言った。ぱちぱちと揺らめく暖炉の火が大きく爆ぜ、ドラゴンのとぐろのようにして回った。
「あれがカムツラギくんーーいや、ちゃんかのう。ともかく、あれが噂に聞くーー」
〝はい〟
「そうかのぅーあれがーー」
〝·····〟
「ーーで、なんじゃったかのぅ」
〝····はい?〟
「わしがばあさんを口説き落としたセリフじゃったかのう」
〝何がですか?〟
「ーーあれはーーとても熱い夜のことじゃったよ。今でも鮮明に覚えとるーーカラブンカが大量発生した時の事じゃーー」
〝はあーー〟
「知っとる!?カラブンカ!もうあまり見かけなくなったがよ!昔はこの辺をよく飛んじょっちゃったんじゃ!!その虫がすんごい音がうるさくてのう!!まるで、ばあさんの屁みてえだっつったらえらい怒られてよお!!」
〝ーー〟
「あ、違うわ。こればあさんに叩かれた時の話だ」
〝ーーえーっと、2段階間違ってますね。そもそも、カムツラギさんと会った時の話を聞きたいのですが·····〟
「2段階?わしゃ、モライクは乗らんぞ?ありゃー税金高ぇしメンテナンスも面倒じゃもんなあーーあ!!最近ええやつでたんじってのおーー技術の進歩ってのは凄いのおーー」
〝えーとですね。その話はまた今度でーー〟
「知っとる?みもっちょん。ミモザリー・モモザリー」
〝知りませんね·····〟
「えー?なんでしらんの?おまえしらんの?あの夏のーーあのーー例年よりも暑かったあのーー祭りのあれじゃよ!!え!?マジで知らんの!?かき氷販売記録歴代一位叩き出した!!」
カムツラギーーまだこの時はカムツラギという名前はなかった。ただ、この時に呼べる名前などなかった。
その村独自のルールである。下手に名前を付けると、呪いに用いられるとして忌避されていた。
しかし、陰鬱な雰囲気の村ではなく、むしろ活気のある村であった。港町。異国の品と風、それと人。それが入り交じって風通しは素晴らしく良かった。
あんな事件があるまではーー
その村の周辺には魚達が独自の生態系を描いており、頻繁に新種の魚介が発見された。
そのからくりを知った時、世界は驚愕した。
それはひとえにメスが生まれにくいのである。
その事に村人たちも不思議に思ったが、漁獲量も減る事がないので、メスは巣穴に隠れ、出てこないのであろう、そんな結論を出していた。
しかし事態は違った。
それに連られるようにして、村の方でも女性が生まれる確率が減ったのである。
新種の魚は、オスとオスで交配しているということで片付けられた。
近隣の大学の調べによって、この地方のお魚さんは、雌雄を可逆させうると出たのだった。
人、魚、そして村の動物まで奇妙な雄化現象が広がり渡った。
その雄しか産まれないという奇妙な症状にあたって、ひとりの青年が村の北部にある祠に供物として捧げられる事になった。
「ーー!?んぐむむーむんぐむむ!!」
「起きたか·····すまないな」
「!?ーー(口がふさがってーー)」
「ああ。例の件、君の意見を採用することにしたよーー」
「へっへっへぇーーおめでとう。しかし、こういうものは言い出したやつがーーやらないとねえ·····」
「!?ーー(まさか·····この僕を!?)」
男は村人が担いだ、担架にぐるぐる巻きにされ、北部の祠へと連れていかれたーー
村 北部 ーー祠
「よいしょっと」
〝がざっ〟
「ここでいいだろう」
「女神様、女神様ーーこの男を女神様に捧げますので、なにとぞーー村の呪いをお解きくだされええ!!」
〝ぱちん〟〝ぱん〟〝ぱぱん〟〝ぱん!!〟
祠ーー翼を大きく広げ、両手で祈り傅く女神の祠の前にして、各々柏手を打つ村の皆々。
「ーーしかしーーこんなもんであの呪いは解けるんじゃろうか」
「やらんよりマシじゃ」
「しかしなんだか前時代が過ぎやーー」
「ここまで来てそれはないだろうーーわしらはもう人を1人ーー失ってしまっておる」
「モガガモガ(気付いてええええ!!まだ死んでない!!死んでないから!!)」
「ーーそうじゃなあーー」
「モガガモガガーモ!!(死んでないよおおおお!!)」
「まあでも、村には男はいっぱいいるし1人ぐらいいいじゃろべつにーー」
「もごおおおお!!(よくないからああああ!!)」
〝ごぢん!!〟
「なんじゃあうるせえのぅ。せっかくわしらが雰囲気出しとるというのに」
「そうじゃぞう。こういう捧げ物して、こう、胸がきゅーっとなる事はあまりないからのう~」
「捧げ物はだまって捧げられちょいてくれ」
「もがー(いでええーそんなー)」
「さ、いこいこ」
「今日何食う~??」
「バルザンの居酒屋でデミルソイカのバゴリ煮でくーっと一杯いきてえもんだなーがっはっはー!!」
「おー!いいねえ!」
ざっざっざーー
「もぐぬぶーー(ぼくもデミルソイカたべたあああい!!)」
もぞもぞもんぞもぞーー捧げ物ーーいや、失礼。男は時期を迎えた芋虫のようにもぞぞもぞと動かし、捧げ物からの脱皮を企てる。
「んぎいいいい!!(んぎいいいい!!)」
ばだん!!
(だめだあああ~)しくしく。
急ごしらえの担架を男の波打つ涙が濡らす。
(はーん·····)
濡れた男の瞳が、頭上に散らばる満点の星空を捉える。
きゅいーん☆彡
(助かりますように!!助かりますように!!助かりますようーーギリ!!ギリ行ったって今!!ギリ!!)
「ふぶぅ~ん😭」
男は向きを変えて女神像の方へ。
(女神様あああ!!お助けください!!何卒!!何卒食わないでください!!ーーあれ?女神って人を食うのか??ーーはは。食わないよな)
(ーーそういえば、この女神像不思議なんだよな·····見る人によって姿を変えるんだ。今はこんな女神っぽいポーズしてるけど、天にパーを出してるポーズやマッスルポーズ·····それに中指立ててメンチ切ってる時もあってーー)
少し目を離した男、再びや女神像を見る。
「!?(い゛っ゛!゛?゛)」
再び女神像を見た男は驚愕した。
傅いていたはずの女神の顔が少しだけ近付いてきているではないか。
(ー?!あれっ!?何か近付いて来てない!?)
(気のせい気のせいーー)
そう自分に言い聞かせ、目を瞑る男。
〝ぱっ!!〟ーー再び目を開ける。
するとどうだ。顔の方もそうだが、驚くべきは唇であった。まるで手品師が布でも被せたかのようにして、にゅにゅにゅ~ん❤と伸びた唇が男に向けて突出していた。
(あ!?あれ!?女神様こんなブサイクでしたっけ!?な、なんか思い切り眉間にしわ寄せて、ほんでぷるぷるしてない!?これしてるよね!!?全体的に、、、っつーか唇、近付いて来てね!?)
ぴとっ❤
そんな事を思っているうち、震える男の頬とこれまた震える女神の唇が触れ合う。
(んひいいいい!!ちゅめたいいいい!!)
夜もあって、石像の唇は冷たい。しかし。しかしだ。そんなはずの唇が徐々に熱を帯び。況してや、スーハースーハースハスハーと、蒸気を発してくるではないか。
(何この状況うううう!?!?)
「ああああああ!!もう我慢できねえぜ!!」
とうとうその女神像がベールを脱いだ。
「誰ですか!?」
きょろきょろと男は辺りを見回す。
「誰じゃねーよこのボンクラがァ!!勘悪ィな!!あたしだよあたし!!」
男の目の前には色彩を帯び、柔肌、ドレスの女が爪楊枝を歯間に宛てがいながら大股を開き、ヤンキー座りの女神があった。
(ーーなにいいい!?)
「うるせえな。がたがた騒ぐな。あたしは心読めっからよ。声に出さなくてもうるせえんだよ」しーはーしーはー
(え!?女神様!?これ女神様なの!?)
「ああ?悪ぃのか?てか、これってなんだよ。てめえ。額、かすってコスんぞ?あ?ハイヒールで。それか、横向きにしてそこに爪楊枝すとんと耳ン中に落としたろか?」
(怖いこといわなーー)
がひっ!!ぐるん!!
(なに!?)
びりびりびっ!!
「いだあああああ!!」
「おうん?取れたかよ」
「いっでえええ!!ーーじゃなかった、ありがとうございます!!」
「おお。敬虔だな。礼を言えるってのはいい事だな。礼儀正しい。礼にチューしてあげよう」
んむちゅ~❤
「んごごごごごご!!(今、口が自由になったとこなのにいいい!!)」
「おっす!あたし女神!!」
しゅとっ!と繰り出した手刀で空を切る自称女神。
「う、うそつけええ!!あんなみてーなの女神様なワケないでしょう!!」
「うそじゃないよ。証拠みしてあげよっか?」
「そんなわけないだろ!!どこの女神様が、竹内力みたいに、おぅんとか言ったり、両津勘吉みてーにがに股でシーハーすんだよ!!」
「ほれ」
ヴぁサリ
たくし上げられたドレスの裾。その中には何もなかった。何もなかったというか、履いてあるべきものーーパンツがなかった。
「んひいいいい!!??」
男が驚いたのはそれだけではなかった。
「つ、ついてる!!ついてるよおおお!!」
「そっ。あたしは両性具有。信じた??これで。あたし女神だから」
「う、う、うううーー確かにーー確かにそんな人ふつーいないもんねえええ」
「なに?嬉しくないの?女神様ぞ?こちとら。後でサイン書こうか?」
「め、女神様がーーこんな、、、こんな人だったなんてええええ」
「何よ。どこに文句あんのよ」〝どすっ〟ーーヤンキー座り。
「そういうとこだよおおお!!なんて座り方すんのさああ!!」
「あ。うんこ座りの事?」
「せめてヤンキー座りとかトイレ座りって言ってよおお!!てゆーか、村の方も近代化の流れでもっぱら水洗式の洋式になってんだからさあ!!」
「いやでも、あたし和式派だからさー」
「うそお!!女神、和式派あ!?」
まん丸の目ん玉をびびょーんと飛び出させて、男は驚いた。
「えいっ」
〝ぷすぷす〟ーーそこに女神の歯牙ーーもとい歯垢付きの爪楊枝が。
「いだああああああ!!」〝ごろごろごんごんごん〟
男は悶絶して回り転げる。
「様、な。女神様、な」
「ーーてゆーか女神様何しに来たんですか·····」
「んお?本題戻ったね」
「本題とか言わないでくれますかーーしくしく」
「んーとね。捧げ物でしょ?あんた」
「みたいですね。話の流れ上」
「あんた、捧げ物ってどうする??」
「えーっと。まあ、食べますね。捧げられたものですから」
「だしょ〰️??だーからあたしも食いに来たのよ」
「ーー」
てんてんてんーー男の後ろでとんぼがすーいすい。どこからともなく。
「じょ、冗談ですよね???」
「いーんや?冗談ぢゃないよ??」
ーーにたりーー大きくなり、陰を落とす女神の顔
「うわああああやめて!!まだ死にたくない!!」
「大丈夫よん❤痛くしないからぁん❤ーーそれよりも、気をしっかり持ってないと、ホントに死んじゃうんだからァン❤」
そう言って女神は男のズボンのベルトをちゃかちゃかっと外すのであった。
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