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夜半

 煙の方向で風向きを確かめる。

「次、先に落ちた方が、コンビニ代奢りね」

おけー、と気の抜けた声で答える。

「気合い入れるために一回立つわ」

返ってきた「おけー」は、どうやら真似をされたらしい。口角を上げるだけの笑み。

「歩くのは聞いてないぞ」

すまんね、と言いながら、風上を取る。どうかこのまま、変わりませんように。

「よーい、スタート」

じわりじわり火が上がっていく。先に丸がパチパチと弾けたのは、彼女のほうだった。

「不利? もしかして、不利?」
「不利かもなぁ」
「せっかく風下、譲ってくれたのにねぇ」
「え」

間もなくこちらも弾けていく。風向きは変わらない。

「自然にいけるか? 自然だ!自然すぎる! よしバレてない!いいぞ! が、全部顔に出てる」
「言わないやさしさを選択する未来はありませんで?」
「言った方がおもしろそうだったから」
「やさしさを好奇心で返すなって……」
「すまんね」

後ろを横に伸びる道路の街頭だけで照らされた浜辺は、目の前を揺れる蝋燭よりも弱い光で、まるで、なふたりを少しだけ含んでいた。散る閃光を他人事に眺める。刹那だなあ。

「刹那だなあ」
「読心術……?」
「はぁ?」
「ずっとやさしさがないよ」
「そんな私のことが好きでしょう?」
「……やさしくないなぁ」

クライマックスを過ぎて、丸から放たれる明るさがしぼんでいく。180度も照らさない。

「ありがとう風下」

風向きはずっと一定だった。負けた。

「コンビニへのアクセスがいいビーチ」
「自由律俳句?」
「ごめん、ちょっと天才出ちゃった」
「安い天才をいなす視線」

目線の先は、見えないはずのコンビニへ向いている。彼女の目線の先、を追っている時点で完敗だ。

「さて、買っていただきましょうかね、乾杯用のドリンクを」
「読心術……」
「わかりやすいのはいいことだよ」

埋まった足を、犬が水を切るように振りながら引き上げる。踏み出すのが遅れた。

「風向きが変わらなくて良かった」
「良かったね」
「そうじゃなくて」
「わかりやすいのが、いいところだよ」
「……お手上げ!」
「勘のいいガキだねぇ」

わかる人にだけわかればいい会話は、わかってくれる人とするからこそ幸せなのだと思う。彼女のやさしくないやさしさは、自分だけがわかっていれば、いい。


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