
桜の樹の下には…人影なく
梶井基次郎「桜の樹の下には」
ウイルスのせいで、花見は超自粛ムードに。でも、社会が暗いせいか、令和初の桜はいつもより華やかにも見えた。花の色は、見る人の気分次第。
サクラサク、春本番、入学式の彩り…と好印象もある一方、散り際から無常感とも結びつく。死や怪異のイメージを広めた名文といえばこれ。
桜の樹の下には屍体が埋まっている! これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。
梶井基次郎(1901〜32年)が、26歳から28歳まで病気療養のために伊豆の湯ヶ島温泉に滞在していたときに書いた短編「桜の樹の下には」。憂鬱な気分で風景を眺める青年は、咲き誇る桜にも虚しさを感じている。神秘的な美しい花が、じつは腐乱した死体の養分を吸い上げている、と想像することに、残忍な喜びを覚える。〈俺には惨劇が必要なんだ〉と心象を描いた作品を、梶井はこう結んでいる。
今こそ俺は、あの桜の樹の下で酒宴をひらいている村人たちと同じ権利で、花見の酒が呑めそうな気がする。
伊豆半島を縦断する下田街道を南下して、いよいよ天城越えの難所に差し掛かる手前。山奥の温泉地にはひなびた風情がある。梶井の宿泊していた湯川屋は廃業してしまったが、宿の主人が立てたという梶井基次郎文学碑が近くに残っていた。川端康成書とある。梶井は当地に逗留していた川端と親しくなり、「伊豆の踊子」の校正を手伝ったそうだ。
「湯道」と名付けられた散策路をたどると、集落をひと回りできる。渓流の水音を聴きながら、木漏れ日の明暗のなかを、のんびりと歩く。ときどき一服しつつ、梶井がここで書いた本作や、ついでに「蒼穹」「筧の話」といった短編にも目を通す。思索の瑞々しさと切実さは、時代の隔たりをまったく感じさせない。
梶井が眺めた桜は、ヤマザクラだったか、あるいは別の…。集落のあちこちで薄桃色の花を見かけたが、どの樹の下にも人影はなかった。
2020/4/6 夕刊フジ