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書評『沖縄レトロマッチの世界』ぎすじみち著/文=カラサキ・アユミ

 ぎすじみちさんの著書との出合いは昨年の旅行の際で、那覇空港にあったキオスク的な売店の一角で偶然発見した『オキナワノスタルジックタウン』『オキナワノスタルジックストリート』(ともにボーダーインク)の2冊だった。一目見て心奪われた。

 沖縄在住の著者が日常的に撮り溜めてきた沖縄各地のレトロな建物やヘンテコりんでユーモア溢れる看板、懐かしい風景を紹介しているそれらの本には(「写真集」と言っても違和感がないくらい素晴らしい写真が膨大に収められている)、私の好きな世界が詰まっていた。これだよ、これ。私が求めていたものは。そう小さく呟きながら興奮して2冊まとめて自分の沖縄土産として買い求めた。

 本当は旅先でこんな風景ばかりを探して見て回りたいのに、幼い子供を含めた家族を伴っての旅行で、しかも限られた時間では〝ザ・観光地〟がメインの訪問場所とならざるを得ない。

 勿論それはそれで楽しいものだけども、有名な水族館にフルーツパーク、国際通りにひしめく土産物屋……そういったレジャー雑誌に大きく紹介されている有名観光スポットを巡り終えた頃にはあっという間に旅の最終日を迎える。数少ない沖縄旅行の帰りの飛行機の中では毎回窓に反射して映る自分の表情は少し物足らなそうに映っているのだった。

 だが、ぎすじみちさんの著書2冊を見つけた昨年の旅では、いつでも好きな風景に出合えるような気分になって、私はすっかり満足げな表情で帰路に就いたのだった。

 さて、今回紹介する『沖縄レトロマッチの世界』(ボーダーインク)は沖縄のノスタルジックな魅力を語らせたら右に出るものはいないであろう氏による3冊目の著書だ。

 マッチ箱というと、祖母の家に遊びに行った時に仏壇の隅に置かれているイメージが私にはあるのだが、どうやら今ではワンプッシュで容易に火を着けるチャッカマンが台頭して、いよいよそのケースも見られなくなってきているようだ。

 私が勤めている福岡・博多の古本屋では古い絵葉書や観光栞などの昭和の香り濃い〝紙もの〟も商品として取り扱っている。その中で群を抜いて人気を誇るのが本書でも取り上げられているような昭和のマッチ箱だ。

『沖縄レトロマッチの世界』の表紙
マッチ箱のカバーを外すと、マッチ棒の表紙が現れる

 喫茶店にレストランなどのマッチ箱は、キッチュな色使いにレトロなデザイン、そして手のひらにすっぽりおさまるサイズ感。当時、お店や企業の宣伝を兼ねて流通していたこれらは凝ったデザインのものが圧倒的に多く、もうめちゃくちゃ可愛い。10代から80代まで、その魅力にハマりし老若男女が目を輝かせながらお買い求めくださるのだ。

 こうした人気ぶりを反映するように、昨今では昭和のレトロなマッチ箱に関する書籍が多数出版されている。いずれもカラフルな色彩やユニークなデザインを豊富に紹介しており、眺めていて楽しい。そういった書籍の中でも、沖縄という土地で流通したものだけで凝縮した本書は郷土資料と称しても過言ではないくらいの内容になっている。又、全ページに亘る写真が実に良い。紹介するマッチ箱の見せ方があまりにも上手い。ページをめくりながら唸った程だ。

「こんなお店が昔はあったんだねぇ」とマッチ箱を通して過ぎ去りし昭和の風景を空想して終わってしまいがちな内容だけれど、この本は違う。なんと言っても見どころは著者が独自調査したマッチの店マップだろう。

 本書に収録されている「マッチのマチ地図の話」というタイトルのコラムを読んだ瞬間「こんな気が遠くなるような作業……自分だったら絶対にできない!」と、県立図書館へ何度も通っては閉館時間まで調べ物をして過ごす著者の姿を想像して驚愕した。それと同時に、この大変な作業さえも「楽しい自主研究」と称している著者のノスタルジックに向ける愛の深さを強く感じたのだった。

 直接現地に赴き、実物を前にして得ることのできる感動に勝るものはないが、誰かの目を通してだからこそ知ることのできる世界の面白さもまた格別だ。

 当分、沖縄はおろか遠出したり、旅行したりできない慌ただしい日常を過ごす自分にとって、本書はまさに〝いこい〟そのもの。本を開いて見知らぬ土地に思いを馳せている自分はまるで片思いしている乙女のようだ。

 マッチ箱を通してしか見ること知ることができない沖縄の風景が確かにこの本の中にある。こうして自宅にいながら、その風景の一部を楽しめることができるのはなんと幸せなことだろう。「このような貴重な内容を惜しげもなく共有してくれてありがとう」と、著者にも版元のボーダーインクにも感謝を伝えたい。

 ぎすじみちワールドを未体験の読者は、冒頭で紹介した2冊も是非一緒に眺めてもらいたい。本書をより身近に、そして親しみを抱いて楽しめること間違いなしだ。




カラサキ・アユミ
1988年、福岡県北九州市生まれ。幼少期から古本の魅力に取り憑かれて過ごし、大人になってからは大好きな古本漁りの合間に古本にまつわる執筆活動を行うようになる。著書に『古本乙女の日々是口実』(2018、皓星社)『古本乙女、母になる。』(2023、同)がある。

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