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いきまず会陰切開もしないお産のかたち。健やかな妊娠・出産・子育てを迎えるために大切な「オキシトシン」とは?【産婦人科医・日下先生Interview(後編)】

妊娠中のつわりやカラダの重さ。出産時、分娩台で必死にいきんだのちの会陰切開。子育て中のイライラや孤独感。

どうしたらもっと健やかに妊娠・出産・子育てを迎えることができるのだろう。

その鍵が“幸せホルモン”とも呼ばれる「オキシトシン」にあると、湘南鎌倉バースクリニックの院長・日下剛先生は言います。

しかも、湘南鎌倉バースクリニックでは、オキシトシンの働きで、いきまず、会陰切開もしないお産がなされているそう。

「オキシトシンで産む」ってどういうこと?

健やかな妊娠・出産・子育てを迎えるために大事なことをテーマに、日下先生にお話を聞きました。

(前編からの続き)

子どもを残していくために必要な能力とは?


ー妊娠・出産・子育てにおいて重要な役割を果たすオキシトシンを分泌するには、どうしたらいいのでしょうか?

日下: もう少し進化論の視点で考えていきますよ。我々人間も含む哺乳動物が子どもを残すために必ず持っていなければならない能力があります。それが次の7つ。

・生きる場所を見つける能力
・食べ物と飲み物を探し獲得する能力
・食べられないように気をつける能力
・配偶者を見つける能力
・生殖行為をする能力
・お産をする能力
・子どもを育てる能力

上から二つの能力について、寒いのは好きですか? 喉が乾いた状態はどうですか? ……嫌ですよね。どうして嫌なんですか? 不快だからですよね。カラダの臓器がうまく機能しないとか、電解バランスが崩れるとか、本当の理由はあるんですけど、そんな知識がなくても、本能的な感覚として「不快」を避ける能力が備わっているんです。動物は熱中症のことを知識として知らなくても、暑くなれば日陰や水辺にいきますから感覚で行動しています。

3つ目の食べられないように気をつける能力は、今はほとんど必要ありません。お産する動物が誕生したのは今から1億5000年前で、約7万5000年前からは人間は食べられる危険性からは逃れられたと言われています。今は食べられるってことはないですね。約7万5000年以前の人間の骨の化石には、その多くに食べられた傷跡が残っているそうですよ。

上の3つは、良くない環境に置かれているときにストレスを感じ、適切に対処したものが生き残れる野生時代のルールです。これらの状況においては、ストレスに対して「交感神経」が反応し、身体防御や抵抗力として働く「アドレナリン」が関与しています。

一方、下の4つの能力には「オキシトシン」が関与しているんです。相手を好きになって、信頼をして、安心・安全な場所で子どもを産んで、周囲の人たちを巻き込んで子育てをしていく。オキシトシンの働きによってそれらの感情や行動が促されていくわけです。

このオキシトシンを分泌するには、アドレナリンは少ないほうがいいんですよ。アドレナリンは、危険な状況にあるときに敵から自分を救うために発動されるもの。オキシトシンはその逆で、安全な場所で信頼できる人たちに囲まれて安心しているときに分泌されます。

僕らは、お産はアドレナリンではなく、オキシトシンの力で産むものだと考えています。


アドレナリンではなくオキシトシンで、腹筋ではなく子宮で産む


ーオキシトシンで産むとはどういうことなのでしょうか?

日下: 今までの考え方を合わせると、居心地の悪い分娩台の上で、頭で考えて、腹筋を使っていきんで産むという一般的な出産方法はアドレナリン全開の状態ですよね。すると、血液が脳と筋肉に流れて、子宮の血液は減ってしまいます。カラダに流れる血液の量は一定ですから。子宮の血液が減れば、赤ちゃんに供給する酸素が薄くなって、時間が経てば経つほど、赤ちゃんが危険な状態になる²。そこですぐに取り出すために、一般的なお産では、上からギューギューお腹を押したり、会陰切開をしたり、吸引分娩が必要になるわけです。

一方、オキシトシンは、脳や筋肉の活動を抑制して、子宮に血液を送る働きをします。子宮に血液が送られれば、赤ちゃんに十分な酸素が届くので、出てくるまでに時間がかかったとしても、それだけで危険に晒されることはありません。

たとえば猫は、陣痛が来たら、隅の方や暗い場所でじっとして生まれるのを待つだけですよ。痛いからじっとしてるんでしょうね。オキシトシンの力を使って出産しているんですね。人間もオキシトシンが子宮に作用するのを待つことができれば、自然なお産ができるんです。

(補足2:酸素の98%は赤血球に結合されて各組織に輸送されており、他の条件が同じであれば、臓器への酸素供給量は到達した赤血球の数に比例します。)



ー具体的に、どうやったらオキシトシンで産むことができるんですか?

日下: 現代人は体内に対する知識や経験則があるので、考えて問題を解決しようとするため、そのままでは動物のようなお産をするのは難しいです。湘南鎌倉バースクリニックではまず、妊婦さんにお産の最中のアドレナリンが赤ちゃんに低酸素を引き起こす可能性があることや、オキシトシンで産むコツをお伝えします。特別なプログラムを用意して、できれば妊婦さんだけでなくご家族で受けることを推奨しています。

産む環境としては、優しい音楽、心地の良い香り、寝室のような穏やかな光で、オキシトシンが出やすいとされるリラックスできる空間づくりをしています。一番大事なのは、妊婦さんを囲む周りの人たち。なぜなら、感情、オキシトシンは伝播するから。笑っている人を見ると、その理由を知らなくても笑ってしまうことってありますよね? 助産師やパートナー、お産に立ち会う人には穏やかで、共感的な気持ちでオキシトシンを出してもらいます。


ーオキシトシンって、出そうと思ったら出せるものなのでしょうか?

日下: それが、出せるんですよ。相手のことを好きだと意図的に思うことによって、オキシトシンが働いて、さらに、好きという感情が生まれてくる。逆に、相手を敵だと思えば、アドレナリンが出て攻撃的になる。だから、信頼している、安心できる、と言い聞かせて、そう思うことが大事なんです。

出産のときは陣痛の痛みがあるので、完全にリラックスはできないとは思いますが、アドレナリンは出さない方がいいし、脳の活動量は下げた方がいい。アドレナリンはオキシトシンの働きを邪魔してしまうし、あれこれ考えてしまうと、脳に血液が行ってしまうので。お産は考えるのではなく、感覚でやるものです。頭を使わずに、自分の感覚に従っていけば、痛みに対してカラダが行動を抑制し、オキシトシンが子宮に働きかけて、自然に赤ちゃんが産まれてきます。


ーほお。頭ではなく、心とカラダの感覚で産む……!他の哺乳動物より脳が発展した人間にとってはなかなか難しそうではありますが、いきまないお産の方法があるとは衝撃的です。


会陰や骨盤底筋を傷つけず、赤ちゃんへの愛情を高める

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日下: オキシトシンで産むことは、産後にもいいことがあるんですよ。カラダとしては、会陰切開をしないので会陰を傷つけることはないですし、腹筋を使わないので骨盤底筋を痛めることもありません。いきんで腹筋を使うと、子宮が骨盤の方に押されますから、骨盤底筋にダメージを与え、産後、頻尿や尿もれなどのトラブルを引き起こしてしまう可能性もあります。オキシトシンの効果で、腹筋ではなく子宮で産むと子宮自体は下がりませんので、これらの産後のトラブルは回避できるんですね。

子育てにおいても、オキシトシンの分泌によって、産んだ赤ちゃんを愛おしく思う気持ちが高まって、パートナーや周囲の人たちにも伝染していきます。産後のオキシトシンは、帝王切開で産んだから出ないというわけではないので、子育てにも意識して取り入れてみてほしいですね。


ー振り返ると、アドレナリンで出産をして、アドレナリンで子育てをしているような気がします……。

日下: 今の日本はアドレナリン優位のお産がスタンダードです。子育ても、「孤育て」になって危険な状態にあれば、アドレナリンが優位になってしまう。本来望ましいのは、大家族で、集団で育児をすることですから。

脳が発達した人間は、動物のように感情そのままに生きることはなかなか難しい。人間が感情を客観視できるようになったから、社会が成り立っているわけで。ただ繁殖にまつわる、妊娠・出産・子育てにおいては、本来の動物の仕組みを生かしていけると良いと思っています。元に戻ることは不可能でも、代わりになるやり方を見つけながら。

医療介入が必要な場合など、誰にでも当てはまるお産のかたちではありませんが、一つの選択肢として「オキシトシンで産む」方法があることを知っておいていただけたらと思います。


(終わり)

text by 徳瑠里香  Illustration by 遠藤光太

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日下 剛(くさかたけし) 先生
産婦人科医、医学博士
1967年北海道生まれ。旭川医科大学医学部を卒業後、北海道大学大学院に在籍して産婦人科研修と医学博士取得。その後、湘南鎌倉総合病院産婦人科部長として勤務ののち、2016年5月から湘南鎌倉バースクリニック院長として、赤ちゃんに優しいお産の普及に取り組んでいる。

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