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アンティーク着物と古裂と私 vol.4デパート催事

続きになります。

デパート催事に勤務するためには、そのデパートでの講習を受けてから売り場に出ることになります。
私達のように布や着物を扱う場合は短時間ですが、食品を扱う場合はもっと長い講習時間でした。

デパートのバックヤード(裏)、従業員のみが立ち入れる区域に入ることが出来るのは、ワクワクした体験でした。
催事の前日夜、時刻にすると夜9時過ぎごろから搬入作業がスタートします。

地下の駐車場から荷物(商品)を網車に入れ、業務用エレベーターで催事会場階まで運び上げました。
催事会場は、前の催事の撤収作業が終わったばかりで、まだ雑然としていることが多く、そこに私達の店のブースを作り上げる作業に取り掛かります。

あらかじめデパートに許可を得ていた図面通りに什器を配置し、商品を並べ、ディスプレイをしていきます。
私達のデパートでの商品は①古裂、②着物や帯 ③小物類(帯留、櫛かんざしなど)でした。 

①は路面店の方で予め準備しておいたケースごと平台に並べる→お客様動線を考え、売れ筋のケース配置を考える。

②たたんで持ってきているものを種類別に分け商品棚に並べる→店内ディスプレイに使えるものは飾りつける

③ガラスケース内に入れる

並べ方、ディスプレイにオーナーの厳しいチェックが入ります。
このほかにも当時は、少なくない量の生花を飾る作業もあり、それもスタッフの仕事でした。

お客様の入ってくる方向やブース内の人の流れを意識し、周りのお店はどんな商品を並べているのかもチラチラ見ながら、修正や変更を繰り返しつつ店舗ブースを作っていきます。

参加したての頃の私は、言わたことをこなすことに精いっぱい、しかも時間がかかり、やり直しばかり命じられる、完全な足手まといでした。

◇◇◇◇◇◇

搬入作業は時間との戦いです。
「あと15分です!」
5、6人のメンバーで必死に手を動かし、オーナーの「ここ、やり直して」「これ、全然違う」の指示に従います。

気が付くと11時を回っていて、「続きは明日の朝」と言いあい、終電に飛び乗って帰宅。
催事初日は、早朝に催事会場に行き、昨晩出来なかった仕上げの作業を行います。
会場全体での朝ミーティングで、販売業務に関しての諸注意を聞き、確認します。
私は洋服でしたが、ほかの催事スタッフは催事期間中、着物姿で勤務していることが多かったです。

◇◇◇◇◇◇

開店と同時に、お客様がなだれ込むように会場に入っていらっしゃいます。

この頃のいちばん人気は「江戸縮緬(えどちりめん)」
江戸縮緬とは、明治期の縮緬。
繊細なしぼのなめらかな手触りが特徴的で、細やかで優美な柄行のものが多く、人形の着物や和小物などの材料として好まれます。
路面店でも江戸縮緬は人気で、人形着物教室の生徒さん達が、楽しそうに布選びをされる光景を何度も目にしていました。

江戸縮緬をお買い上げの方は、作品製作に必要な材料として無地の縮緬も一緒に購入されます。
人形着物には「袘(ふき)」と呼ばれる部分(袖口や裾の部分)があり、そこに無地縮緬を使うためです。

色見本帳のように美しいグラデーションの無地縮緬が入ったケースが江戸縮緬の近くには置かれていました。
人形着物や和の色合わせに造詣の深いオーナーは

「この布には、どの色(=無地縮緬)を選ぶといいかしら?」

と常にお客様からアドバイスを求められていました。
ルールはないのですが、「日本の色」「かさねの色」の本を読むと、日本古来の色合わせが紹介されています。

オーナーの提案する色は、必ずといっていいほどお客様が気にいるので、私もそれを真似てはお客様におすすめし、また自分が読んだ本の色合わせに出てきた組み合わせを提案してみました。

お客様との会話を日に何十回も頻繁に繰り返していると、だんだんと人の好みや好まれるものの傾向が見えてくるような気がしました。

臨場感、ライブ感と言うのでしょうか。
路面店に流れる落ち着いた時間とはまた違う、古裂を売り、着物をたたみ、乱れた布をたたみ、着付けのお手伝いをして、レジに小走り。
気分は野球部、千本ノックです。

店舗ブースとレジをひたすら往復し、お釣りやカード、お買い上げの品を手渡し、「ありがとうございました」と見送ることで、ものを売っている感覚を身体に染み込ませることが出来ました。

◇◇◇◇◇◇

デパート催事にハプニングはつきものです。
さっき買ったけどやっぱり要らなくなった
ここにキズがあったから返品したい(古いもの、中古品である事はご了承のうえご購入であっても)
家族に返してこいと言われた
……何かしら起こります。

そのたびに誠意を持ってお話しする、お客様のご希望に添うかたちにする対応を経験しました。
デパート催事ではそのデパートのお客様になるので、慎重に慎重を重ね対応します。
気持ちよくお買い物していただけるよう努めますが、どうしても起こってしまう事態に対処していくことで、勉強になりました。

デパートのお客様には、催事会場で店を知っていただく、出来たら今後、路面店の方にも足を運んでいただけたら…という希望があります。新規のお客様を増やすためです。

私が路面店勤務の時に、デパートでお会いしたお客様がご来店になると
「あっ、〇〇デパートでお会いしましたね」
とお互いに憶えていたりすることも。お名前がわかるお客様が増えていくことは、とても嬉しかったです。

デパート催事スタッフさんは、販売に自分なりの楽しさを見出している、会話を楽しんでいる、それがオーナーの言う「リズム」なのでしょうか。
商品と同じくらい、もしかしたらそれ以上、売る人から滲み出てくるものにお客様が魅せられている様子が会話や雰囲気から分かり、昨日今日のこの仕事を始めた私が真似て出来ることではないと思いました。

真似できるような部分、着物の勧め方や帯との合わせ方、お客様への着せ方(試着)などは、自分もいつか着物や帯を売ることが出来るようになりたいと思い、催事スタッフさんの接客を見て覚えようとしました。

(路面店では開店当初、古裂のお客様の方が多く、着物を販売する機会になかなか恵まれませんでした。
数ヶ月後、アンティーク着物が大ブームになり、着物が欲しい!というお客様の波が押し寄せます。)

◇◇◇◇◇◇

私は私にしか出来ない売り方をしよう。
せっかく路面店、デパート催事の両方に勤務できているのだから、その利点を活かしていけばいい。
どんな方がどんな目的で何をお買い上げになったかを知る。
「売ること」を丁寧に、売れるたびに記憶や記録に留めるようにしました。

そしてクレーム対応からの学びも大きく、厳しいご意見が来れば来るほど、丁寧さの重要性を感じました。
忙しい時ほど丁寧に、理不尽なお客様ほど丁寧に。

結果、お客様の顔や名前をかなり把握していたと思います。
えーと、あれ?名前なんだっけと言ってばかりの今の私からは信じられませんが、お客様情報を記憶するのが大の得意な、若かりし頃でした(笑)

直接自分が売らなくても、オーナーやリズムを持つスタッフさんにお客様情報を伝え販売につなげたり、路面店の方で後日じっくりお話ししながら販売するなど、私なりの売るかたちを模索しました。

ぽん、ぽん、ぽんとリズムは鳴らずとも、店員としての意識だけは確実に変わっていきました。
デパート催事での武者修行のおかげだと思っています。
都内や都内近郊、8つくらいのデパートに修行に行かせてもらいました。
この数年後は大阪のデパート催事にも行かせてもらいました。

今も家族と出かけると、あそこから入ると従業員専用口だとか、ここの社食は美味しかったなとひとりニヤニヤしています。


次回「vol.5 アンティーク着物ブーム到来」に続きます。
長文をお読みいただき、ありがとうございました。

※見出し画像は木綿の更紗(さらさ)です。更紗とは幾何学模様や植物、鳥獣などの模様を染めた布のことです。