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異世界純愛ファンタジー、長恨歌

白楽天は史実をもとに様々な文学的技巧を凝らし、舞台は異世界や来世にも跨る壮大で美しい純愛ラブストーリーを創作しました。
玄宗と楊貴妃は歴史の事実そのものよりも、白楽天(白居易)の類稀なる才能によって知れ渡ったカップルといえます。


創作されたのは楊貴妃の死後50年

楊貴妃の死後、彼女と玄宗皇帝の関係については多くの噂やゴシップが飛び交っていたことでしょう。彼らの悲劇的なロマンスは、長く人々の心を捉え続けました。白楽天(白居易)は、そうした噂や話の断片からインスピレーションを得て、創作をはじめたのかしれません。「長恨歌」は、歴史的な事実を基にしながらも、フィクションの要素を取り入れて創作されています

白楽天が付け加えたフィクション要素


1. 異世界ラブストーリーの要素
楊貴妃の死後、玄宗は道士に彼女の魂を探させ、仙界で再会し、来世を誓い合います。つまり、時空も空間も飛び越える純愛物語。これが古代に書かれたというのだから驚きです。

2. 比翼の鳥、連理の枝
詩の中にある、「在天愿作比翼鸟,在地愿为连理枝」(天にあっては比翼の鳥、地にあっては連理の枝でありたい)という表現はとてもロマンチック。元々は長恨歌より昔の中国古典文学(山海径や詩経等)に由来しているそうですが、白楽天が長恨歌において効果的に使用したため、さらに有名になった表現です。

比翼の鳥」とは、伝説に登場する、常に一対で飛ぶことしかできない鳥のこと。
連理の枝」は、二本の木の枝が一緒に絡み合って成長すること。
どちらも男女の深い結びつきの象徴です。



山海径に描かれた比翼の鳥
四川省長寧出土の漢代の壁画にある連理の枝。男性同士かな?
この頃は友情のような意味もあったのかも。

日本でもよく使われる「比翼の鳥、連理の枝」という表現。私は子供の頃、結婚式で何度も耳にしました。この言葉の出典が長恨歌だと知ったとき、ああ、なるほど、と納得しました。

この表現は確かに素敵ですが、現実に当てはめると、少しメロドラマっぽく感じるというか。少女漫画やドラマのような陶酔感があり、日常会話で気軽に使うには少し抵抗があるんです。

創作の中だからこそ、どっぷり楽しめる言葉ってありますよね。

3. 楊貴妃の入浴シーン
華清池での情景は具体的な史実ではなく、創作であろうといわれていますが、白楽天の描写があまりにも素敵なので、長恨歌の中でも特に印象深い部分となっています。中国に限らず日本でも、この場面に着想を得た絵巻物や芸術作品が数多く創作されています。

それまでの文学作品の中に、ここまで詳細に女性の入浴シーンを描いたものはなかったので、人々は驚きと憧れをもってこの作品を鑑賞したのではないでしょうか。

楊貴妃の入浴場面を詠んだ部分


春寒賜浴華清池
温泉水滑洗凝脂
侍児扶起嬌無力
始是新承恩沢時

日本語での意味

春の寒いころ、皇帝から華清池での入浴を特別に賜る楊貴妃
柔らかな温泉水が彼女の玉のような肌を洗う
侍女が支え起こすも、彼女はなまめかしく力がない様子
この日はじめて皇帝の恩寵を受けたのだ

中国語の解説

第一行

春寒賜浴華清池
chūn hán cì yù huá qīng chí

春寒 (chūn hán)初春のまだ寒い時期のことで、詩の冒頭で季節感を伝えます。
賜浴 (cì yù) 「賜」は皇帝からの特別な許可を意味し、特に「浴」は入浴のこと。皇帝から特別に入浴を許されること。

皇帝からの特別な恩恵を強調し、華清池という歴史的背景を持つ具体的な地名を出して、豪華さと優雅さを感じさせます。

第二行

温泉水滑洗凝脂
wēn quán shuǐ huá xǐ níng zhī

温泉水 (wēn quán shuǐ)は心地よい温かさを持つ水。
滑 (huá)滑らかで心地よい様子。
凝脂 (níng zhī) こりかたまった脂肪。
比喩としてきめの細かな白い肌など、柔らかくなめらかなものを表現します。

滑らかな水が、楊貴妃の白く光沢のある肌を洗い流している様子を描写しています。「滑」と「凝脂」の対比が、美しく滑らかな肌と温泉の心地よさを生き生きと伝え、優雅で繊細な情景がうかびます。

第三行

侍児扶起嬌無力
shì ér fú qǐ jiāo wú lì

侍児 (shì ér)侍女。貴人に仕える若い女性。
扶起 (fú qǐ)支えて立たせること。
嬌無力 (jiāo wú lì)か弱く、力がない様子。

ここでは楊貴妃のか弱さと繊細さを強調し、若く愛らしい感じが際立たされています。

第四行

始是新承恩沢時
shǐ shì xīn chéng ēn zé shí

始是 (shǐ shì)初めて、このような。
新承 (xīn chéng)新たに受けた。
恩沢 (ēn zé)恩恵。皇帝からの寵愛。

創作物の官能的なシーンってあっという間に下品に傾きがちですが、皇帝からの愛情と恩恵を強調することで詩全体が優雅にまとめ上げられ、とても上品。

唐詩の特徴

唐の時代の詩は豊富な題材と形式美において、最高の洗練を遂げた時代だと言われています。

古典の伝統をひきついだ漢の時代(紀元前206〜)
詩の表現が豊かになった魏晋南北朝時代(220年〜)
そして、唐の時代(618年〜)

唐詩の代表的な作者には李白、杜甫、王維がいますが、彼らと比べると、白楽天の言葉は平易。あえて分かりやすい言葉を選ぶことで、詩が広く社会一般に楽しまれることを目指したと言われています。
誰でも楽しめるのに、優雅さと洗練も兼ね備えているのだから、見事な美的感覚ですよね。


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