いじめられる人生を受け入れる
今日は私がきっと一生忘れられない暗い過去の話を。
保育園、小学校、中学校まで私はいじめを受けてきた
保育園の時はあまり覚えていないけれど
保育園の同い年の男の子に殺すぞとか言われてたみたい
たまたま私がいじめられている現場に母が迎えに来て
いじめっ子のスモックをつかんでかなり怒鳴った話を今でも母は悔やみながら私に話してくる
正直保育園に通っていた頃はアスペルガーが顕著に出ていたせいか
いじめられても嬉しいとか悲しいとか辛いとかそういう感情の動きがほとんどなかったんだと思う
当時で大泣きをしていた記憶といえば
何か自分の思い通りにならないことがあった時に家で大人がお手上げになるほど
癇癪を起こしていた記憶くらい…
小学校に入学してからは昔の記事でも書いたように登校班でいじめられていた
中学生になるといじめはヒートアップして
年上からのいじめが頻繁にあった
ある日同じクラスの男の子に
背中に何かついてる
って言われた
なんだろうと思ってブレザーを脱いで背中を見てみると
明らかに誰かのつばがついていた
思い当たるのは階段で年上の先輩とすれ違った時
やけに先輩たちがクスクスしながら私の方を見るなとは思っていたけれど
まさか唾を吐きかけられていたとは思わなかった
教えてくれた男の子はきっと私がいじめられてることに気づいていたんだろうけど
そのまま見て見ぬふりをしていてくれた
またある日には友達と歩いて帰っていると
路地からすごい勢いで空き缶が飛んできて私の頭に直撃した
路地を見るとこちらを見て笑う男の子が2人いた
すごく悲しかった
もちろん一緒に帰ってた友達は
大丈夫?
と声をかけてくれながら私がいじめられているにもかかわらず仲良くしてくれた
友人や同級生がいじめられていた私に変わらず普段通りに接してくれていたことが
わずかながらの私の支えではあった
けれど、やっぱりいじめられていると言う現実は
私にとって恐怖と同じで、
私は
知っている人がいない場所に行きたい
この場から逃げないといけない
と言う思いで
地元の先輩後輩同級生がいない高校への進学を決めた
高校ではいじめがなかった
高校のクラスメイトはみんな個性を大切にしている子が多く
お互いの変わっている一面をあまり気にしない人が集まってたからだと思う
大学生ではいじめが復活
アルバイト先の主婦から盛大ないじめを受けた
それは私が世間知らずな女の子だったことも原因だと思うけれど
明らかに私に対して厳しい発言や厳しい指示をするような人だった
でも当時の私はいじめられる人生を受け入れる覚悟ができていた
いじめられているこの時間を自分の未来に生かすことができるはずだという
根拠のない確信の中で
いじめられている現実と向き合った
その人が人をいじめている自分自身がばかばかしくなるような状況を自分でなんとか作り出そうとした
小さい頃は自分がいじめられていると言う現実が受け入れられなくて
私はいじめられてるわけじゃなくて意地悪をされているんだ
と自分に言い聞かせて両親には全く言い出せなく
先生にも相談できないような時間を過ごしてた
それでも
自分がやりたいこと
自分が成し遂げたいこと
自分が熱中していること
から目を離さなかったことで
今の自分があると思うし
それでも私を受け入れてくれた友人が居たことで
何よりも幸せな時間を過ごせたと思う
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