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身売り屋

「身売り屋の話が聞きたいって? 物好きだねえ。まあいいさ俺は死ぬのを待つだけの身だ。

桃子の話? ああいたな、そんな娘が。懐かしいな。可愛い娘だったよ。
年の頃は十三か十四ってとこだった。しかし父親ってのが酒と博打しかできない阿呆でさ、母親なんかとっとと男作って逃げちまって。
身売り屋ってのは戦後の闇市にひっそりあったんだ。知る人ぞ知るってやつだな。商売はその名の通り人の体を売り買いするのさ。
買うやつ? いるんだよ、そういう物好きな奴がさ。気の狂った教授だの人体コレクターだの。でも素性を詳しく聞かねえのが商売の掟さ。
初めは父親が博打に負けて左腕を売ったんだ。博打は右手さえあればできるからな。左腕一本で三百円。安い? まあそんなもんさ、酒飲みの汚い男の腕なんか。これが若い女なら千円以上になるんだろ。
父親はその後も賭博通いをやめなかった。博才なんかないからさ、当然勝てねえよ。じゃあどうするか? 今度は右足を売るんだ。杖突きながら賭博場通う姿は哀れを超えて滑稽さ。
 
そうそう桃子の話だな。
あの子はそれでも献身的に父親を面倒見てた。でもそんな日も長くはなかった。ついに父親は左足と右手を取られちまった。達磨? ああ、そうだよ。達磨だ。それでも桃子は父親から逃げなかった。戦争から帰ってきたら迎えに来るって約束した男がいたんだ。桃子はそれを信じて待ってたんだな。それが桃子の不幸さ。
 
ある日親父の残りの借金を取りにヤクザが家にやってきた。しかし金にならねえことを知ると、あいつら桃子を連れて行った。そう、桃子を切り売りするわけさ。十三、四の娘といやぁ貴重品だよ。高く売れるわけさ。
その晩店で桃子のセリが行われた。それまで来たこともない連中がわんさか集まってきた。お偉い教授さんが法外な値段つけてさ、両足と両目、左腕を競り落としたんだ。研究の為? 知らないね。
 
来た奴らがそれを見て一斉に引き上げようとしたその時さ。一人の若い男が入ってきた。男は何も言わず壱萬円を叩きつけた。そしてこう言ったんだ。残りの桃子をすべて買うと。
その気迫に誰も何も言えなかった。男は風呂敷に丸くなった桃子を包んで背負った。桃子は残った右手で男の襟をギュッと掴んでいた。桃子も幸せだったろう・・・
そして二人は街の中に消えて行ったらしい。その後の行方は誰も知らんよ。
 
そうか、君がそうなのか。来てくれたんだな。ありがとう約束を守ってくれて。
父親として感謝するよ。」

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