Asaya
過去に書いた短いお話を、ポチポチとアップしていきます
過去に書いた舞台劇や映像、わけあってボツになったもの、とりあえず書いたもの全部です
とりあえず過去に書いた小説(らしきもの)をあげてみます
翌々日の火曜日、会社に佐々木さんから電話が入った。 「悪いんだけど、仕事の合間みて、会えないかな。時間は合わせるから」 佐々木さんが直々に連絡を取ってくる時は、あまり良い知らせでないときが多い。 午後2時に新宿の喫茶店で待ち合わせをした。 「仕込みなんだけどさ、今週の」 仕込みとは劇場の会場作りのことだ。舞台セットから照明、音響、チラシの折りこみから客席のセッティングまで、全てを行う。 「手伝ってくれねえかな」 佐々木さんにしては珍しく殊勝な態度だった。 「いや、思
日曜日。丸一日稽古のできる最後の日である。 しかし昨日の夜、リョウコが熱を出した。 三十七度を少し越えた程度だったが、もともと平熱の低いリョウコにとってはかなり苦しい体温だ。 今日の稽古は午後一時から、中野の公民館だ。 リョウコは気だるそうにベットの上で上半身だけ起こしてボサボサの髪の毛をかきあげた。 「調子どう?」 早めに起きた僕は彼女の好きな日本茶を煎れて差し出した。 「うん……」 リョウコは湯のみを受け取ると、少しすすってため息をついた。 「最悪……」 「
翌日の朝イチ。上野さんから家に直接電話があった。 起き抜けの僕が電話に出た。 「おはようございまーす! 風来坊の上野ですけど、リョウコさんいますか!」 朝っぱらから元気のいい声だ。少し甲高い彼女の声は、電話を通して多少電気的な響きがこもっており僕の脳髄に直接刺激してくる。 「なんでリョウコの携帯に電話しないの?」 「ごめんなさい、かけたんですけど出なかったんで、寝てるのかなって思って」 気の利くことで・・・ 僕は大きな欠伸をして、僕はそのままコードレスフォンをリョウ
舞台本番十日前。 リョウコは台所で洗い物をしている。 僕が会社から帰ってきてから、ろくに話しをしていない。 今日は舞台稽古で初めての通し稽古だったはずだ。遠し稽古とは、本番さながらに途中でストップをかけずに最後まで芝居を通すことだ。 リョウコは遠し稽古になるとナーバスになる。 演出家のダメだしも全体を見通した厳しいものになるし、特に佐々木さんの場合、この時点になっていくつかセリフの直しが入ったりする。 さらに役者も、考えていた芝居が創れていないジレンマとプレッシ
帰りの電車の中。リョウコは僕の肩に頭を乗せて目を閉じていた。僕はなで肩なのでどうやら頭を乗せやすいらしい。 「佐々木さんにね、言われちゃった」 リョウコが目をつむったまま不意に話し始めた。 「好きだって、あたしのこと」 僕は思わずリョウコを見た。リョウコも僕の肩から頭を離して、上目遣いに僕を見て、いたずらっ子のように冗談だよと言って微笑んだ。 「ご免ね。佐々木さんがそんなこと言うはずないじゃない」 「じゃあ何でそんな冗談言うんだよ」 「試したかったの。お芝居やってる私の
達夫が叔父の経営する建設重機レンタルの会社に入ったのは半年前だった。 とある地方都市の広大な敷地に重機が並んでおり、叔父は営業、達夫はレンタルスケジュールを担当していた。あとは経理担当の年配の女性が一人、たった三人の小さな会社だった。 達夫は駅から少し離れた小さなアパートを借りていた。そこはバイクの駐車場付きで、125ccのバイクをとめられるというのが決め手だった。 達夫はそのバイクで会社に通っていた。アパートと会社の真ん中には標高400メートルほどの小高い山があ
練習が終わり、そのまま飲み会になだれ込むこととなった。 上野さんと加納さんが帰った。 「加納さん、忙しいみたいですよ」 田野倉君が僕に耳打ちをしてきた。 「最近、旦那さんがヤケ起こしてるらしくて」 「ちょっと待って。加納さんって結婚してるの?」 「ええ。前回公演が終わった後、式もやらずに籍だけ入れたっていう話しですけど」 「知らなかった」 リョウコの奴、何も言わなかったじゃないか。 「おーい、田野倉。注文」 佐々木さんが言う。 「あ、はいはい」 新人クンは大抵こう
衣装に関しては佐々木さんはリョウコに一任らしい。一応買い出しにも付合ったわけだから今更言うことはないのだろう。 漫才師のようなド派手な衣装は森君、完全にコスプレ用だと思われる制服は神保さん用だった。どういう内容だか、さっぱり見当がつかない。 「一応、小道具もいくつか持ってきたんですけど」 森君がバックから折りたたみ傘とかお盆とかコーヒーカップとかを出してきた。家にあった物をそのまま持ってきたようだった。 「傘は折りたたみじゃなく、長い奴にしてくれ。色は黒な。あとはオーケ
登場人物 山中八兵衛 白河秋子:マドンナ 川北一斉:寺の住職 山中良平:八兵衛の弟 大学病院の医師 岡田幸子:八兵衛の姉 下町の専業主婦 岡田康夫:幸子の旦那 島野大樹:万引き少年 島野早苗:大樹の母親 牧田静香:弁当屋の娘 高校生 牧田建造:弁当屋の店主 牧田久子:弁当屋の奥さん 浜勝:テキ屋の親分 ヤス:ホームレス仲間 ゆき:ヤスの彼女 真下:薬局の店員 板橋:ホームレス 赤羽:ホームレス 飯田:ホームレス 赤塚:ホームレス 志村:ホームレス 落
先日「中野区人情物語 タコのはっちゃん 男一匹人情語り ~麗しの 白い天使は 結婚詐欺師!?~」という未発表短編シナリオを掲載させて貰った。 書いたいきさつはまえがきで書かせて貰った通りである。今回はその短編の前に書いた、プレゼン用の本編第1稿を掲載しようと思う。 短編より場面も登場人物も多い。 あらすじとしては、八兵衛が中野区に流れ着くまでがプロローグ。物語は町の人に助けられてたこ焼き屋台をやっているところから始まる。近所のお弁当屋に秋子という美人さんがパートタイ
今日の稽古場は中野区内の公民館らしい。 僕は衣装の入った袋を両手に、リョウコは自分のジャージが入ったスポーツバックを抱えて西武新宿線に乗りこんだ。 電車はすいていて、僕たちは並んで坐った。ふと彼女を見ると、彼女も僕を見返してニコっと笑った。 「稽古行くの久しぶりでしょ。緊張してる?」 「いや。本番前に稽古行ったら楽しみが減るじゃん、と思ってさ」 「まだ半月前だもん。本番とはかなり違うよ」 リョウコの話によると、佐々木さんは自分で書いた台本を平気で変えるらしく、決定稿
午後三時過ぎ、リョウコが帰ってきた。僕は今夢中になっている作家の最新作を読んでいた。 「ただいまぁ」 Tシャツにジーパンという出で立ちで、化粧っ気はなく髪は後ろで束ねているだけのラフな格好だった。チラシの写真から想像させる山猫の面影はすっかり消えうせていた。おしゃれというにはきっと程遠い姿なのだろうが、僕は彼女のそんな飾らない性格が好きだった。 リョウコは両手に二つずつ大きなビニール袋を持っていた。ヨロヨロといった足取りで玄関を抜け、部屋に入ってくる。ふぅと大きな息をつ
あらすじ ケンジの先輩が立ち上げた名も無い小劇団に所属している女優リョウコ。彼女と付き合っているケンジは時折劇団に顔を出している。そこで出会う役者やスタッフたち。彼らは何を信じて、何を目指して頑張っているのだろう。 小劇団という小さな聖域の物語。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 慣れない手つきで卵を割った。 日曜日の朝。 力が余って、フライパンの縁に黄身が流れ出す。急いで殻を割ると、どろどろに混ざり合った黄身と白身が小さな破片と
登場人物 あずさ たくま ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 雪が降っている。 あずさが軒先に走り込んでくる。 やむ気配のない雪を見つめている。 そこへ、同じように雪宿りをするためにたくまが走り込んでくる。 たくま 「やみそうにないですね」 あずさ 「え、ええ・・・」 たくま 「でも。今夜にはやむそうですよ」 あずさ 「そうですか。早くやめばいいのに」 あずさ、空を見つめる。 たくま 「寒くないです
その国は十年にも渡る内乱の最中であった。田畑は荒れ、民は飢え、男たちは戦に駆り出され、女は奴隷として売り買いされていた。 長年の中で幾たびかの小康状態が繰り返されていたが、内乱が終わる気配はなかった。他国の仲裁も役には立たず、お互いにどちらかの陣営が全滅するまでこの戦いは続くのだと息巻いていた。 厭世観から民たちは働くことを諦め、老人は自ら死を選び、子供たちは他国への脱出しか考えていなかった。脱出に失敗し捕まった子供たちは、見せしめと言わんばかりに大した訓練も受けさせず
風が吹いていた。 旅人はツバ広の帽子を目深に被り目を細めた。風の中に小さな砂粒が混じり、かすかに潮の香りがした。 海が近い。 しばらく歩みを進めると、やがて目の前に青く広い海原が広がっているのが見えた。風に煽られ、白波がたっている。 海を見るのはどれくらい振りだろう。 ぬかるみに足をとられるジャングルや、乾かない朝露で一日中湿った林の中や、岩石に囲まれた山を登ってきた旅人は、遙か彼方まで広がった大自然に思わず大きく息を吐いた。 旅人の足は波打ち際に向かった。乾いた