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ツルゲーネフ『はつ恋』深読み

ネタバレ注意。

あらすじをすっ飛ばして、深読みしたうえでの考察をしみた。
ネタバレになるので、まだ読んでいないという方は読んでからこの記事をご覧になることをお勧めしたい。

■この物語における老婆ザセーキン伯爵夫人の役割

生活費のため娘に枕営業させていた説。

いろいろなレビューや感想を見たが、あまり触れられていないのは、ジナイーダとヴラジーミルの父は、いつ、どのようなきっかけで恋に落ちたのか、である。

わりと前半で、父ピョートルが馬に乗ってザセーキン伯爵夫人の家を訪問し、1時間以上は滞在しなかったが、そのあと町へ行き夕方に帰宅したくだりが書かれている。

その日の夕食後に、ヴラジーミルはザセーキン伯爵夫人宅を訪れるが、ジナイーダは隣の部屋のドアをほんのちょっぴり開いて、その隙間から蒼ざめた顔で覗くだけで、そのままドアを閉めてしまった。

この物語で度々出てくる表現『蒼ざめたジナイーダの表情』は、すでにここから始まっていた。
つまりこの日にはすでに、何かが起こったと考えて良いのではないだろうか。

エンディングの老婆が『罪の許しを請う』シーンでヴラジーミルがジナイーダの身になり恐ろしくなった理由は、老婆の手引きにより男をジナイーダの寝室に招いていたことを悟ったからではなかったか。
ピョートルがザセーキン伯爵夫人宅を訪れた後に町へ出向いたのは、『手形の都合』をつけるためだったとも考えられる。

そもそも、ジナイーダの悪女ぶりからして、彼女が無垢な女性だとは到底思えない。
ザセーキン伯爵の貧乏生活から想像すると、収入源は彼女だったのではないだろうか。

二人の恋のきっかけは、確かに老婆による『金の都合のおねだり』を見返りにした体の関係だったかもしれないが、思いがけず二人は恋に落ちたのではないかと、私は考える。


■ジナイーダはザセーキン伯爵夫妻の実の娘ではない疑惑

・ピョートルは存命時のザセーキン伯爵と、その結婚事情を知っていた。
・そのエピソードを妻に語った時に意味深な笑みを浮かべていた。
・この話をした後、夫妻は黙り込んでしまった。
・ジナイーダはザセーキン伯爵夫人に似ていない。
・「父にも似なかった」ことをジナイーダの顔を知る前からピョートルが知っていた矛盾。

はつ恋執筆当時のロシアの時代背景から、農奴制廃止前であり、身分違いの恋も多かったのではないだろうか。
もともと美男子のピョートルのこと、若いころから浮名を挙げていたことは想像に容易い。

農奴の娘と恋に落ち妊娠させてしまったが、若すぎたことと、落ちぶれているとはいえ貴族の身分であったが故に結ばれなかったピョートルは、金のために今の妻でありヴラジーミルの母と結婚せざるを得なかった。
そして農奴の娘が産んだピョートルの子は、ザセーキン伯爵夫妻の養女として引き取られたという説である。

もしそうだとすると、ピョートルはかつての恋人ジナイーダの実の母の面影を、娘のジナイーダにみて再び恋に落ち、ジナイーダは最初こそ実の父とは知らず恋に落ちたのかもしれない。

逢瀬を重ねるうちに、ジナイーダはピョートルが実の父親だと気づき、ますます蒼ざめていく。

「しまいと思っても、せずにはいられないんだわ!」
「わたしの中には、悪い、後ろ暗い、罪深いものが、なんていっぱいあるんでしょう」
同時にブラジーミルを愛しているが、なぜ、どういうふうにかは、夢にも想像がつかないはずだと言う。
「愛してちょうだい。けれど前のようにではなしにね。お友達になりましょうね ーーーー それがいいのよ!」
そしてペテルブルクから帰省した弟のヴォローシャと引き合わせることで、自分たちは血のつながった姉と弟だということを暗示させていたのではないだろうか。

そこまで気づいたヴラジーミルは最後に、父とジナイーダと自分のために祈るその余韻。

ピョートルとジナイーダの実の母の悲恋。
ジナイーダによる父への憧れからくる健気な愛と、実の弟への愛。
いろいろな情愛が垣間見えるこの作品、読めば読むほど新しい発見があって面白い。

ヘッダー画像は映画の1シーンからの拝借。


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