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(短編小説)工場で生まれた私

 はっと気がついた。眠っていたみたい。とっても寒い。にぎやかな声が聞こえる。小さな子どもたち?
(えっとえっと、、、ここはどこだっけ、何だっけ、何だっけ?)
私は一生懸命考えた。早く思い出さなきゃいけないような気がして焦っていた。
 
 ふいに、私は工場の天井を思い出した。高くて、真っ白で、固そうな天井。そうよ、私はあそこで生まれたのよ。型に入れられて固まって、熱い熱で焼かれて。その時に命が芽生えたんだっけ。
 ああ、思い出した。私を眺めながらこんなことを言っていた人たち。
「やっぱり焼きたてのアツアツが一番だよな」
「そうそう、お店の人が焼いているのを、じっと眺めてるのが好きだったな」
「紙袋が湿ってきてさ、それ抱えながらほおばってたもんな」
「こんなに見事にカチコチにされるなんて。時代も進んだよな」
「なんかちょっと哀れな感じ」
 命が芽生えたばかりの私は、耳を澄まして彼らのつぶやきを聞いたわ。
「こらこら、アルバイト学生の二人、おしゃべりしない!」
 別の声が聞こえた。彼らははっとした感じでだまった。あー、叱られたんだ。
「な、こうしてみると可愛いもんだろ。さてこの子たちは、これからどこに旅をするのやら…」
「あ、松木さん、ポエムっすね」
 さっき叱られた子が、可笑しそうに返事している。松木さんは言った。
「そりゃそうだ。すごい歌もあるんだよ。店のおじさんとケンカしたり、海を潜ったりしてさ」
「知ってますよ、大昔に流行った『およげ!たいやきくん』じゃないっすか」
 三人はうなずきあって笑った。
(なになに、それ)
 私は初めて聞く話にびっくりした。
(海って何? 楽しそう。いーないーな。あ、私はこれからカチコチになるんだ。哀れなんだ。やだやだ。となりの子はどう思っているんだろう)
 何とか交信を取ろうとしたけれど、どうもうまくできない。
(せっかくこんなに思うことができたのに。誰かに伝えたい。仲間が欲しい。ああ、あの人たちがうらやましい。楽しそうにおしゃべりして。あ、だんだん寒くなってきた。冷たいよう)
 
 私は気を失う前のことをちゃんと思い出した。
(あのとき、急に気持ちが途切れたんだっけ)
 今は体がホカホカしてきている。ふと、隣に仲間がいることがわかった。
(そっか。同じケースに入れられたのね)
ちょっと力を入れて飛び跳ねてみた。それに気づいて仲間も私に向かって合図を送ろうとしている。うん、わかるよ。隣の子の気持ちが伝わってきた。
 私といっしょだ。どきどきしている。
(やった、通じ合えたね。うれしいな。あー、あったかくて、うつらうつらしてきた。これはあのときとはちがう、ちゃんとした眠たい気持ち。そう、いい気持ち。楽しそうな声が聞こえる。私たちを囲んで言っているのがよくわかる。ああ、命が芽生えてよかったな。おやすみなさい)
 
「さ、宿題終わった? 手洗った?」
「はーい! やったー! たい焼きたい焼き」
「お母さん、私はこれにする!」
「はいはい、お好きなのをどうぞ」
「ぼく、このあんこが飛び出たのがいい」
「ま、冷凍なのにあんこが飛び出してるなんて、面白いわね」
 
「じゃあ、行ってくるわね」
「行ってらっしゃい。ねえ、ぼくと同い年の患者さん、もう治った?」
「うーん、ちょっとずつだけど。大丈夫よ」
「早くたい焼きが食べられるようになるといいな」
「そうね。あ、お父さんは『今晩は8時には帰れます』って、メールが来たからね。洗濯物たたんでおいてね。ゲームばっかりしないのよ!」
「はーい!」

== END ==

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