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(短編小説)土の中のふたりごと

「寒くない?」
「寒くないよ。ちょうどいい。うとうとしてたよ」
「わたしもわたしも」
「もう、だいぶ経つね」
「長いよね」
「ここにいるの、ちょっと飽きちゃった」
「きっと、もうすぐ動けなくなるはず」
「そうね、わかってる」
「あ、しゃべってると音が出てきた。聞こえる?」
「聞こえるよ。私のは?」
「うん、聞こえはじめた!」
「ねえ、そっちに行ってもいい?」
「だめなんだよ。もう近づいたらいけないんだ」
「うそよ、わかってる。ぶつからないように、ってことだもんね」
「そう、ぶつからないように」
「ちゃんとしたサナギになるために」
「そう、お互いこわれてしまわないように」
「近づけないのは、ちょっとさみしい」
「しばらくのがまんさ」
「ねえ、サナギになって、そのあとって、どうなるんだっけ」
「土の上に出るはずだよ」
「土の上って、どんなのかしら」
「えっと、太陽の光を受けて、木の蜜を吸って、草の中で散歩したり、風を感じたり……。そうだよね」
「そうね。私たち、これからのこと、なんでわかってるんだろう」
「きっと卵のときに教わってるんだよね」
「うん、お母さんのおなかの中で」
「あ、やっぱりすごく眠くなってきた」
「目が覚めたらまた近くにいようね」
「遊ぼうね」
「遊ぼう」
 
 
「おじいちゃん! こっちこっち! いるいる」
 夏の日の朝早く、男の子の声が森に響きます。
「ああ、ああいたね」
 男の子のうしろからゆっくり歩いてきたおじいさんがこたえます。
「お父さんも来ればよかったのに」
「まあ、仕事で忙しいんだからしょうがないよな。お父さんも子どものころはいっしょにきたもんだ」
「じゃあ、お父さんも詳しいの」
「もちろんだよ」
 土の中で育った幼虫は、冬を越し、さなぎになり、やがて地上に出てきます。短い夏の期間を過ごし、命を終えるのです。
 男の子は、今年ははじめて一人ぼっちで、田舎のおじいちゃんちに泊まりに来ました。最大の目標はカブトムシを捕まえることでした。小学校でカブトムシの一生の勉強もしたので、いっそう興味津々なのでした。
「さ、捕まえなさい」
「うん」
 男の子はそっと手を伸ばしかけたのですが、ふと止めました。
 二匹のカブトムシは、木にとまって、蜜を吸っています。朝日に照らされ、丈夫そうなからだは黒く光っています。オスの角は強そうで、メスは木の周りを何やらごそごそと動いています。
「やっぱり、いいや」
「なんだい、捕まえにきたんじゃないの」
「なんかさ、もったいない」
「おやおや」
 おじいさんは笑いました。
「お父さんとおんなじこと言うね」
「ねえ、おじいちゃん、明日も見に来たい」
「そうかそうか、じゃあまた早起きだ」
 おじいさんは、また笑いながら言いました。
 
 二人の朝の散歩はしばらく続きそうです。
 
 

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