エリーゼのためではなく
ピアノを習っていたころの、子どもだった私に教えてあげたい。
いま練習してる『エリーゼのために』は、遠い未来、令和という時代になってから
お母さんのために弾くことになる曲やで。
思えば小学生のころは、色んな体験をさせてもらった。
体操教室、スイミング、習字、ピアノ、茶道、山登り、キャンプ、科学教室、学習塾。
ただ残念なことに、これらのスキルは壊滅的に私の中から消えている。
勉強はできない、科学音痴、手書き文字は解読不能。
かろうじて残るものは、自然が好き、宇宙が好き、抹茶が好きというくらい(能力ではない)。
ごめんなさい。
母のコロナ療養期間中、父と交代して私が実家で暮らすことになり
ものすごくゆっくり流れる時間をふたりで過ごした。
ほとんど症状が無いものの、外出できないので狭い家の中をぐるぐると歩いたり、YouTubeを流しながらラジオ体操を連続3回やってみたり。
認知症には体を動かすことがいいですよ、と主治医の先生や理学療法士さんに聞いていたので、母は普段から積極的に体操などをしている。(おかげで私も極端な運動不足は免れた)
1週間ほど経過した頃、どうやらコロナは軽症で済みそうだし、私の陰性も確認できたことで、ひと安心。私はネットで買い物をしはじめた。
たとえ介護のための買い物でも、なにかしらの良い脳内物質が出る。と思う。
母の足がものすごく冷えていることに気づけば「足湯バケツ」を2つクリックで購入し、夜中のトイレ付き添いに役立ちそうな「家庭用ナースコール」の購入ボタンも迷わず押した。
(以後、ナースコールは頻繁に鳴らしているけど足湯バケツは1、2回使っただけで普通のバケツになっている)
そして療養期間も終わりに近づいた日、私は巻物のような「ロールピアノ」をうっかり買い物かごに入れた。鍵盤がシリコン素材でできていて、くるくる巻けるというピアノ。
昔の童謡などを歌うと脳に良い刺激になるらしいと聞いたから、というのは建前で
本当のところは久々に弾いてみたかったからかもしれない。小学生以来ぜんぜん弾いてないのに大丈夫かいな。
でも退屈だし、巻物なので場所をとらないし、まぁいっか!ポチッ。
で、うすうすわかってはいたが、ロールピアノは療養期間が終わった後に届いた。
私は姉とシフトを組んで、主に両親のおかずを作り置きしたり母のケアをするために、週の半分ずつ実家に泊まるという生活に戻っている。
この生活は自宅と職場と実家の3拠点をぐるぐる回るハードなもので、悠長にピアノを弾いたり歌ったりする時間なんてある?と思いつつも、書店に寄って“日本の童謡”と“初心者のクラシック”的な楽譜本も買った。
実家当番の朝。なんだかんだ言いながらもデイサービスのお迎えが来る30分前には準備が整っている母と並んで、巻物をくるくる開いて電源オン。
「なに弾いてほしい?」
「やっぱり、エリーゼやなぁ」
いきなり難しいことを言う。楽譜を凝視し、おそるおそる弾いてみた。
ミ レ ミ レ ミ シ レ ド ラ〜
ものすごくスローで下手くそな『エリーゼのために』になってしまった。
ベートーヴェンに怒られる。
でも母はお構いなしに、メロディーを口ずさんでいた。ラララララララララン♪
うんうん、喜んでくれたんやったらそれでいいわ。
私もこの生活、ちょっと楽しくなってきたわ。
エリーゼが誰なのかは知らんけど、
母のためにと思ってしたことは、自分のためになったという。
2023年2月の出来事。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?