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『装甲騎兵ボトムズ ペールゼン・ファイルズ』 作者:吉川惣司

「そして祈った。自分にも、長い眠りを与えて欲しい、と」

2007年から2008年に掛けて全12話のOVAが発売され、更に2009年1月には劇場版が公開されたアニメ作品のノベライズである本作は、メインで脚本を手掛けた吉川惣司氏の手による。
『装甲騎兵ボトムズ』は、体長約4mのATというロボットを駆る主人公キリコ・キュービーを巡る物語であるが、ロボットものに付き物の、特別な主役機が存在しない。キリコが搭乗する機種も量産型である。何故ならATは戦争の道具に過ぎないからだ。
自然、世界観もミリタリー色の強いものであるのだが、テレビシリーズの第一話で100年以上続いていた星系間戦争は終結、その後はキリコの個人的な戦いを描くストーリーとなった。
つまり、物語を覆うムードに反して、これまで戦争自体を殆ど描いてはいなかったのだ。
じゃあ、ボトムズ世界に於ける戦争をどっぷりやってみようか。それが本作のモチーフの一つだ。
そう決断するに至ったことに対する大きな要因は、CG技術の発展だ。
戦争ともなれば、所謂歩兵の様な扱いのATは大量に戦場に投入される。手描きで描くのはとんでもないが、CGならはウジャウジャとATを描くことが可能、ということだ。
事実、物語冒頭のノルマンディー上陸作戦を彷彿とさせる渡河作戦に投入されたATは1,500機。無謀で激しい消耗戦をCGで以て派手に描いている。

さて、ボトムズで戦争をとなれば、テレビシリーズの始まる前が時間軸として選択される。
具体的に言えば、OVAの三作目『レッドショルダードキュメント 野望のルーツ』及び、その小説版『ザ・ファーストレッドショルダー』の後と、テレビシリーズ開始迄の間隙である。
戦争を描くとは言っても、主人公はあのキリコだ。ただの一兵卒に徹しさせる筈もない。本作では、キリコに対して、新たなアプローチを仕掛ける。
キリコの特殊性、それは彼だけのものなのか。この広い宇宙でたった一人だけのものなのであろうか、と。
また、レッドショルダーを解体され、戦時中に兵士を大量に虐殺したとして軍事裁判によって裁かれようとしていたヨラン・ペールゼンをかっさらった、情報省次官フェドク・ウォッカムは、ペールゼンが処分し損なったデータを元に得た仮説の元、キリコに対する実験を重ねる。そして、それらの結果、大胆な計画を策定し、実行する。
ウォッカムの狙いは図に当たるのか。ペールゼンは闇に葬られるのだろうか。キリコの孤独が癒されることなどあるのだろうか。

尚、第一話のみ試写会で観たが、それからは意識してアニメ版は観ずに書いたと言う本書。
脚本自体も著者が書いたものなので、ベースは当然同一なのではあるが、見比べてみれば、大筋こそ共通しているものの、両者はかなり異なる表現や展開を見せる箇所も多い。
それは、動画と文章では見せ方、読ませどころが異なることを、それぞれの作者が念頭に制作しているからなのであろう。
そして、この小説版では、その創意は効果的であったと、個人的には思わされるのだ。


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