ドキドキの成績表
去年の今頃は、一体ニュージーランドに来るという選択肢が本当に子どもにとって良かったのかどうかと、ひっそりと自問自答していた。
息子が通う小学校では、成績表が一年に二回、親のメールアドレスあてにデジタルで届く。
ちょうど一年前、何の前触れもなく、突然メールアドレスに届いたその報告書は、息子が小学校で苦労している様子が手に取るように分かるものだった。
別に自分の子どもに「頭が良い」とか「成績が良い」ということを期待をしていない。むしろ頭が良いという自意識は、本当に生きづらさを増すだけだから、出来るだけ子どもたちに持って欲しくないとさえ思っている。
成績表でショックだったのは、息子がうまく自分を表現できていないことが露わになっていたからだ。
息子が通う小学校の成績表には、主要科目である英語、算数、体育や社会の授業についての達成度の他に、「主要能力」という科目横断型のスキルアセスメントがある。
その主要スキルにはコミュニケーション能力、セルフマネジメントスキル、社会性という項目があり、そこからさらに細かくいくつかの具体的な評価ポイントが記載されている。これらは人生での学びを続けていくために必要な態度、価値観、科目横断型のスキル全般とのこと。
日本にいた時は保育園の中心人物として誰とでも仲良くしていたリア充代表みたいだった息子が、この主要能力でことごとく問題ありと評価されたのはちょうど一年前のことだ。
他の人と関係を作れません。
周りの人の気持ちを推しはかることがうまくできていません。
クラスのディスカッションに参加していません。
先生の指示に従うということができていません。
色々と出来ないことばかりが強調された成績表は、当時の息子が日々学校で辛い時間を送っていることの象徴のようで私も悲しかった。
英語が分からないだけなんだけど・・・
そう信じていてもボタンがかけ違ったまま息子の性格が変わってしまったらどうしよう。
今まで彼が持っていた明るさや積極性が、全て消えてしまったら・・・
そんな不安を私は持たずにいられなかったのだ。
しかし一年たった今、私たちに届いた成績表には、日本での彼よりもさらにパワーアップしたことがよく分かってとにかく安心した。
クラスのディスカッションにも積極的に参加しているし、周りの子ともちゃんと関係を作れている。
また、先生からのコメントには息子がとてもフェアな性格で、楽しいことが大好きなようだ、ともあった。
この「フェア」という単語は、成績表の中で、一番輝いて私に見えた。
人に対して分け隔てなくオープンになるって大人だって本当に難しい。
クラスの中には息子にずっと意地悪をしてくる子がいる。
息子のシャツの中によだれを垂らしてくるとか、たたくとか、多少の暴力性を感じることを飽きずにしてくるそのクラスメイトは、息子に限らず誰にでも嫌がらせをしているそうで、クラス中の子ども全員が距離を置いているとのこと。
しかし、ある日、夫が迎えにいくと、そんな「孤独なジャイアン」と息子と、そして息子の親友数人が一緒に遊んでいたそうなのだ。そのメンツで元気に校庭を走り回って、鬼ごっこをしているのは初めて見て、驚いた夫が、その日の夜の夕食で話題にした。
すると息子は
「あの子、一緒に遊んだら、すごい嬉しそうだったんだよ。」
としみじみという。
そして
「嬉しそうっていうかさ、なんていうか・・・」
そこまで言いかけて、息子は口をつぐんでしまった。一体何を言いたかったのだろうか。
彼自身、英語ができなかった時はずっと一人でランチタイムを孤独に過ごしていたことがあったのだ。何か思い出すことがあったのだろうか。
いやーやっぱり、学校っていう集団生活をおくる場所は、知識を得るとかではなくて、こういう社会性だとかコミュニケーションを学ぶためにあるんだよね!息子よ、いい経験をさせてもらっているじゃないか!
そんな風に思いながら、成績表について具体的に担任の先生とお話をする面談に参加したときのこと。息子の学校では、成績表について説明をうける「面談の日」というのがある。
その日は、学校の授業が早めにおわり、事前にアプリ上で予約した時間に保護者が先生と話す機会をもつ。会場は小学校の体育館。クラスルームの番号が書かれた紙が貼られている学習机が学校全体の担任の先生の数分、整列して並べられていて、一家庭につき、面談時間はきっかり10分。時間に比較的ゆったりしているニュージーランドだけれど、この日については、タイムキーパーの先生がしっかりと右手にベルをもち、時間の始まりと終わりをりんりーん、と教えてくれて、サクサクと手際よく回されていく。
我が家の順番がきて、息子が毎日会うのが楽しみで仕方ない彼が大好きな担任の先生の前に座る。さあ、息子が「生きる力」を身につけ始めていることについて、先生から色々と聞くのが楽しみだ!とワクワク、ドキドキしていると・・ところが、どっこい。
先生は最初の10秒は「息子さんは、とっても明るく生活を楽しんでますよ!」という一言があったけれど、そこから先は、延々と英語の読解能力をどうやってあげていくことができるのか。ライティング技術をもっとあげるためには、どんな工夫が必要か。スペリングはどういうことを意識するともっと良いのか。
算数は、どういうことを今やっていて、こういう考え方をしているから、家でも時間があったらぜひお子さんに教えてあげて。例えば5分の1というコンセプトはこういう風な図を書いて教えたりするの。
と、思い切り知識に全振りした内容で担任の先生が情熱的に語ってきた。
あれ?生きる力とかじゃなくて、学力的なお話しでしたか・・・と、結構拍子抜け。
あ。
そう。
そうですよね。
確かに、先生は一生懸命、子どもたちに学んでほしいことがあって教えているんだから、面談でこういう話を具体的にするのは当たり前か。
赤毛のアンみたいな印象の元気な先生は、時に私のノートに直接色々と書き込んだりしながら、一生懸命教えてくれた。
最後の最後に、
「何かお子さんのお友達とかで気になることある?」
と先生に聞かれた。一瞬、意地悪をいつもしてくる例の子が頭に浮かんだ。しかしその子の名前を忘れてしまったし、そんなのどうでもいいように思い、私は息子が楽しそうなので何も気になっていることはありません。と返答。すると、先生も「よかったわ!」とにっこり笑って、時間終了。
成績表。
親が期待すること、先生が期待すること、学校が期待すること、「社会」が期待することが色々と入り混じって表現されているもの。
まあ、親の期待がどうとか、先生の期待がどうとか、そういうのに負けずに、息子が息子でマイペースにのびのびと学校生活を楽しんでくれたらなんでもよし!それでオールオッケー!間違いなし!
とはいえ、せっかくだから、先生に教えてもらった英語の読解力をあげる方法、宿題の時に意識してやってみるかな。あれ?あれ?学力とか、どうでもいいとかいいつつ??
とりあえず、今回のどきどきの成績表シーズンでは、大きな悩みがなく、めでたしめでたしの巻でした。ちゃんちゃん。