SHE SAID/シー・セッド その名を暴け
事実を基に製作された映画であり、またその事実というのは世界中の価値観に大きな影響を及ぼした。性差別と性暴力が隠匿されていたハリウッドの歴史。それらを暴き社会の表舞台まで引き摺り出したジャーナリストたちの物語。
ミラマックスの創始者が起こした数々の性暴力
「ミラマックス」や「ハーヴェイ•ワインスタイン」という名でピンとこない人でも「恋に落ちたシェイクスピア」や「パルプフィクション」「グットウィルハンティング」と言った映画なら一度は名前を耳にしたことがあるだろう。ワインスタイン氏は数々の名作を産んだ大手映画製作会社ミラマックスの創始者の一人であり「恋に落ちた」のプロデューサーであり、そして数多くの女性を毒牙にかけながら金と権力で握りつぶしてきた性犯罪者であった。
この映画を観て考えることは性犯罪が絶対的に許されざる行為であるとともにまたそれに伴う隠蔽や権力の横暴こそが根深い社会的な問題であると言うことである。関係者は一様に彼の行為が卑劣かつ許されざる行為であると認識しながらも自身の立場を考えるあまり保身に走ってしまい、結果被害者を増やし続けた大きな要因となってしまった事に目を背けていた。多くの社会的問題がそうであるように周囲の意識がどうあるかは非常に大切な事である。
守秘義務と闘う被害者たち
性犯罪を黙認することが性犯罪そのものと同じくらい罪深い事を我々は理解すべきである。そして声を上げた勇気ある人々に対してどう手を差し伸べるべきかもしっかりと考えるべきだ。
作中何度も被害者女性の口から出てくる言葉「守秘義務があるから喋れない」。ワインスタインとの間に起きたことは示談に持ち込まれ大金を掴まされて口を塞がれた。弁護士や関係者は彼女たちに法律をかざして言う。「ここにサインしてお金を受け取ったら示談成立だ。このことは他所で喋ってはいけない。守秘義務があるから」まるでそれは魔法の言葉のように彼女たちの心に突き刺さり抜けなくなる。そうか、いけないことなんだ。法律で決められているんだ。と。
しかしその認識は根本的に歪んでしまっている。そもそも、示談だろうが守秘義務だろうが間違いを犯しているのはワインスタイン側なのだ。身勝手な暴力を振りかざしたのは彼の方で彼女たちに落ち度はない。しかし法律を利用することで本質を煙に巻いて全体を見えなくしている。これではまるでナイフを突きつけ「大声を出すな。言うこときかないと殺すぞ」と言っているのと同じである。突きつけているのがナイフなのか法律なのかの違いだけ。現代社会とは思えない野蛮さである。
極力悪役として俳優を登場させない演出
観ていて感心した部分と言えばワインスタイン役の俳優が声だけで実物はほとんど登場しないという点にある。何しろ映画界を題材にした告発の物語である。事実を基に作られている以上、ワインスタインをやる俳優はリスクが多過ぎる。だからこそほとんど声だけの出演に留めておいたのだろう。日本ならいざ知らず、アメリカや他の国では役を演じた俳優にヘイトがぶつけられることがままあるそうだ。
総評
ここまでこの作品の存在意義を大いに価値ありと褒めてきたが皮肉なことに映画としての面白さだけでみればかの犯罪者ワインスタインが手掛けてきた多くの作品たちの足下にも及ぼないのが現実である。それほどかの男は名作を世に送り出してきた。彼という人間は憎むべきケダモノであるが作品に罪はない。と思いたい。だからこそそれらの作品たちが今後言われなき迫害を受けないことを切に願うばかりである。そう言う意味でもこの映画を視聴し物事の事実をしっかりと見極める責任が我々にあると考えている。