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あさき
2020年9月7日 18:07
僕らの街には不思議な奴がいる。他の街にこんな奴いたらみんな怖がって追い出してしまうだろうけど、こいつは意外と街の人に受け入れられている。その理由は、こいつの持っている能力だ。こいつはふと思いついたように、その場にいる人に話しかける。「厄災か祝福か」答える人は、突然なので慌てる。けど、まず最初に必ず「祝福!」と答えなくてはいけない。そうしないとひどいことになるからだ。「しゅ、祝福!」急い
2020年9月3日 18:18
遠く雷の音が響いてくる。近づいているのか。遠ざかっているのか。降り出した。どうやら近づいているらしい。僕は雷が怖い。家にいるときに雷が鳴ると、迷惑がる美枝子を抱きしめている。美枝子は同棲して二年になる彼女だ。僕は美枝子のことが好きなわけではなかった。嫌いではないし、一緒にいて楽しい。けれどそれが、一緒にいる対象が、どうしても美枝子である必要がなかった。美枝子のように居心地のいい
2020年8月20日 22:09
真夏の午後3時。カフェで涼むのは最高だ。一面ガラス張りの窓から見下ろす交差点。陽炎が立っている。こんな中、もう歩きたくない。…けど、歩いて帰らなきゃいけない。店内には、女子高生たちのざわめきが聞こえる。私達は冷たい水に入れられた金魚みたい。ソーダ水。レモネード。アイスティー。冷たい飲み物を飲み干して、ガラスの水槽の中を泳ぐの。そんな物思いに耽っている千夏をよそに、目の前の裕太は
2020年8月13日 22:28
おばあちゃんは、きゅうりの馬に乗って、よっちゃんに会いに行くところでした。「最近は、ちょうちんやほおずきが少ないから、道が暗くて困るねぇ。うちはどっちの方だったかねぇ」今年は、よっちゃんのお母さんが、うっかりして、お墓にちょうちんやほおずきを立て忘れてしまったのでした。「おばあちゃん、俺が照らしてやろうか」「あら、雷太ちゃん」「おばあちゃん、いつも優しくしてくれるからさ。今日、里帰りする
2020年8月6日 16:41
高い草に囲まれた長い坂道。僕以外誰もいない。僕の息遣いと、自転車をこぐ音と、遠くの波の音しか聞こえない。ハァハァハァハァ。全速前進。こいで、こいで、こいで、こいで。向かい風がぶわっと吹いてくる。潮の匂いが開いた口へ飛び込んでくる。もうすぐだ。もうすぐだ。額の汗が風に流され玉になって飛んでいく。この丘を越えたら。海だ。目の端から端まで広がる、海。それを高台から見下ろす。
2020年8月3日 00:15
ここは夜の世界だ。太陽は登らない。暗い夜の中、人々は月や星を頼りに行動する。月はいつも三日月だ。満月にも半月にもならない。暗い世界を、僕は自転車に乗って出かける。西へも東へも南へも北へも。僕の仕事はお弁当屋さんだ。砕石場の人へも、駅員さんへも、役所の人へも、そして町へ買い物に出かけられないおばあちゃんへも、毎日休まずお弁当を届ける。お弁当がお昼時に届くように、僕は暗いうちから(と言
2020年7月20日 14:30
小説を書こうとメモ帳を開く。ブラウザを閉じる。外界と遮断される。途端に一人になった気がして、心細くなる。あたしの友達は、ネットの中にいる。あたしの恋人もネットの中にいる。あたしは友達と、SNSでやりとりする。ほんとの名前は知らないし住所も知らない。あたしは恋人とメールで愛を語らう。彼の顔も見たこともなければ、声も聞いたこともない。それでも友達だ。恋人だ。けど、スマホが使えなくな
2020年7月8日 19:35
今日はいい天気だ。かんからかんに晴れ上がって、洗濯物がよく乾きそうだ。ぼうっとTVを見ていたら、カンカンカンと音がしてきた。ベランダの床を、大粒の雨が打つ音だった。こんなに良い天気なのに。慌てて洗濯物を入れ、乾いたものだけ畳んでいると、ピンポーンとチャイムが鳴った。「はーい」と答え、スコープを覗くが誰もいない。いたずらか?と思いながらドアを開けると、小さな白狐がちょこんと座っていた。かわ
2020年7月4日 00:39
「こんにちはー、今日も来ちゃいました」「真奈美さん。いつもありがとうございます」会社の昼休み、私は時々近くの公園で日光浴していた。すると、5月から、可愛らしいアイスクリーム屋台が立つようになった。バニラ、チョコ、ストロベリー。三種類しかなかったが、手作りアイスは思った以上に美味しかった。最初はアイスクリームのおいしさに惹かれて通っていたが、やがてアイスクリーム売りのお兄さんへの会いたさの
2020年6月27日 22:45
私が小学生の頃、箱根には父の会社の保養所があった。私達家族は毎年夏冬の二回、そこを利用していた。保養所は強羅にあった。夏の強羅は、湿った土の匂いがしていた。岐阜にいるときでも、夏に湿った土の匂いがすると、強羅のことを思い出していた。保養所には草の生えただけの庭があり、生け垣で囲われていた。生け垣を抜けて下に降りていくと、なんと、沢があった。ほとんど庭を小川が流れているような状態だ。その感
2020年6月21日 11:56
明日の父の日のことをすっかり忘れていた。今日実家へ行く約束をしているのに。さすがに手ぶらで行くのは気がひける。何がいいだろうか。この時期だとさくらんぼ?それとも肉がいいか?けれどどのみち今から取り寄せたのでは間に合わない。それに、さくらんぼにせよ肉にせよ、それなりに値が張る。馬鹿の一つ覚えのようだが、今回も酒にすることにした。「ごめんください」「はいはい」奥から老店主が出てく
2020年6月18日 00:47
逢魔通りでは、毎日不思議なことが起こる。月曜日は狸が大道芸をし、火曜日は火星人の乗った宇宙船が不時着し、水曜日にはユニコーンが庭の草を食み、木曜日は鶴が恩返しに来た。そして金曜日には……?何が起こるかな。「ひゃー、遅くなっちゃったなー、お母さんに叱られるかな」学校から帰ると、僕はランドセルを放り出して拓人の家へ遊びに行っていた。走りながら公園の時計をチラッと見た。うわ、もう7時近い。道
2020年6月12日 17:48
月子は病弱だった。よく風邪をひいては、奥の六畳間の布団に寝かされていた。兄弟たちが表や庭で遊ぶ声が聞こえて寂しく感じながら、ポツンとひとり、大人しく横になっていた。風邪をひいた時は、食欲のない月子のために、母は桃の缶詰を買ってきて食べさせてくれた。それだけが病気の時の楽しみだった。病気の時は、大好きな本も取り上げられた。だからぼんやりと天井のシミを眺めていた。それは時に西洋人の男性の顔に見
2020年6月8日 20:09
ああ、やっちゃってるなあ。自分で分かる。多分生霊飛ばしてる。実は最近好きな人ができたのだ。ずっと一緒に育ってきた幼なじみ。めっちゃ今更である。同じ幼稚園で出会い、小中学校は学区が同じだから当然同じ、高校は…彼のほうが追いかけてきてくれた。けれど。一年の文化祭のときに、なんと彼は同じクラスの女子と付き合い始めてしまったのだ。もっとも、その頃は、私にも他に付き合っている人がいたのだが…。