【エッセイ】まてい
まてい、という言葉がある。マテーと発音する。正しい漢字の表記は知らないが、真丁くらいだろうか。
丁寧みたいな意味である。たぶん方言。
幼いころは大人や年上のきょうだいと過ごしてきた。自分が一番年下だった。当然に、彼らと同じようには行動できない。
のろのろとしているように見えただろう。トロいと言われたこともある。今思えば自分のことながら酷な言葉だが、そのときは自分が劣っていることへの罪悪感にまみれた。
遅れないように、待たせないように、失敗しないように心を砕いた。先回りするくせがついた。
その心がけは自分を救ったようで、その実ながく自分を苦しめ続けている。
いつも何かに怯えている気がする。申し訳ないと思っている。先回りしないことは罪だと思うことがある。
ときどき、まていだね、と言われることがあった。
たいていは母が言った。よく母について仕事の手伝いをした。
あんたなら、まていに掃くわ。
でもいつまでたっても終わんないっしょ。
ゆっくりでも、終わったあときれいだもの。
救われる気がした。
(だからといってそのままでいようとしなかったのがひねくれたところだが)
母なりに子らのことを見ているのだな、と思った。
しかし正体不明の後ろめたさが消えることはない。誰も覚えていないような些細なことが、人によっては深い傷となることもある。
(それが傷だと気づくのは、時間が経ってからかもしれない)
まていという言葉は好きだ。
好きだけど、誰かに使うのはためらわれる。いつか自分に向けられたこの言葉が、良い意味を持っているのかわからなくなるときがあるから。
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