【エッセイ】蝶の棲まう場所
のどもとに棲みついた蝶が、姿を現しはじめた。
悪さをするわけでもなく、しばらくは気にも留めずにいたが、近ごろでは指先に触れるようになった。水を飲むと、大きく上下する。どうやら片翅を病んでいるらしく、少しずつ腫れていくようである。
なぜそのようになったのか、正確な原因は知れない。医師は原因よりも、どのように処置していくかを丁寧に説明してくれた。
今のところ悪さはしない。しかし、蝶が抱くものに悪意があるのかどうか、外側から調べるところでは判じることができないとのことだった。
原因は定かではないが、心当たりがあった。
いつからか、言いたいことを我慢するようになった。そのうちに、言いたいことが言えなくなった。そして何が言いたいのかわからなくなった。たいていのことに、なにも思わなくなった。なにも思わないようにした。
飲みこんできた思いや言葉は、消えたわけではなかったらしい。いや、飲み下して消化することもできずに、知らないうちにのどもとに溜まっていたようだ。その澱を、蝶が左の翅に抱いている。
だれかに向けるより、押し殺すことを選んだのは自分だ。尊重し、ありのままを受け入れるために、自分を締めつけていることに気付かずにいた。立ち廻りの未熟さゆえ、ほかにやりようがなかったのかもしれない。良くも悪くも、自分のことには無頓着だった。
どれほどきれいに取りつくろって涼しい顔をしていようとも限界があるあらしい。
ほんとうの思いや言葉を、すべてさらけ出すことはできない。しかし、ないものとすることもまた、できない。
何にせよ、自分の身の内から生まれたものなのだ。
子を産んだことはないが、身体に何かが宿るとこのような気持ちになるのかもしれない。のどもとに手をやる。膨らみに触れる。少しだけ、いとしく思ってしまう。
のどもとには蝶が棲んでいる。蝶は、片翅の調子が思わしくない。
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