本当の“共犯者”はいったい誰なのか? 真保裕一『共犯の畔』池上冬樹さんによる書評を特別公開
“畔”とは何か? 最後の最後に読者に激しく突きつけられる
真保裕一は何を読んでも面白い。直木賞をとってもおかしくないし、ベテラン作家対象の柴田錬三郎賞をとってもおかしくない。
たとえば、今年3月に出た『魂の歌が聞こえるか』(講談社)もそう。音楽ディレクターが無名バンドを世に送り出すという、真保裕一得意の職業小説でありながら、バンドのメンバーに秘密をもたせて、ミステリに仕立てているからたまらない。新人発掘とともにベテランの復活というストーリーも並行させ、そこにいくつものひねりと驚きを与え、最後には温かな人間性を訴えて、実に感動的だ。
『魂の歌が聞こえるか』は音楽業界ミステリであったが、最新作『共犯の畔』は社会派サスペンスとなるか。でも、これもなかなか凝っている。
物語はまず、厚木市にある衆議院議員の地元事務所で起きた事件から始まる。2人の若い男が事務所を訪れ、応対に出た秘書を人質にとり、立てこもっているという。犯人の要求は何なのか?
このプロローグの後、物語は33年前にとぶ。群馬県鈴ノ宮町では、巨大ダム建設をめぐって推進派と反対派が対立していた。町を2分する町長選挙が行われ、僅差で推進派の現町長が再選されるが、町民たちに深い軋轢を残す。
さらに、20年後の13年前にとび、政権交代が起こり、鈴ノ宮ダム計画が凍結されることになる。33年前に選挙に敗れし者たちが与党側となるが、スパイ事件や不祥事など、政治の裏側で権力の奪い合いが顕在化する。
そして現在、弁護士の高山亮介は立てこもり事件の犯人の関係者から依頼を受ける。犯人2人は完全黙秘を貫き、身元も不明だったが、1人は松尾健といい、出身地が鈴ノ宮であることがわかる。
33年前、13年前、現在の3部構成が効いている。プロローグとエピローグのほかに、3部構成の合間にインターミッションを2ついれて、謎を膨らませる効果も発揮して、ますます読者は小説に釘付けになるのだ。
『魂の歌が聞こえるか』では、音楽ディレクターの内実を描くだけでなく、現在の音楽業界が何で動いているのか(ヒット曲の要諦、タイアップの重要性など)をおびただしい情報とともに捉えていたが、ここでは巨大ダム建設がいかに政治的・経済的インパクトを与えるのかを摘出していて、地方で根強い与党志向の風土がいかにして築き上げられているのかを、記者クラブ制度に甘えたメディアの弱腰も俎上にのせて追及していく。
この政治的な背景にふれると読者は、昨年映画化もされた真保裕一の傑作『おまえの罪を自白しろ』(文春文庫)を思い出すだろう。衆院議員の孫娘が誘拐されるが、犯人側の要求は身代金ではなく記者会見での罪の自白。タイムリミットは24時間後。おりしも総理がらみの疑惑を追及されていた矢先で、議員一族と総理官邸と警察組織がぶつかり、軋みをあげていく物語だった。誘拐ものとしては全く斬新だし、家族内の凄まじい葛藤、政治家同士の激しい駆け引き、限られた時間内での警察による懸命な捜査活動など、唸りをあげる展開に手に汗にぎるほど。
『おまえの罪』は24時間という時間制限が緊張感をましていたが、本書では33年間の長いスパンでの人間関係の変化が逆に、新たな緊張と謎を生み出して惹きつける。『おまえの罪』では罪を告白せよという要求が明確だったが、本書では逆に要求が見えなくて、謎が読者を強く牽引していく。『おまえの罪』では犯人に至る終盤の意外な展開と動機も考えぬかれていたが、本書ではいちだんと大胆な展開と驚きが用意されている。
そして忘れてならないのは、ヒーローの魅力だろう。『おまえの罪』では事業に失敗した冴えない秘書(議員の次男)が危機管理の才能を発揮していく過程がすこぶる面白かったが、本書では、弁護士高山の活躍が光る。優秀な社会派弁護士の義父と妻からは半人前に見られている高山だが、依頼人たちの心情に心動かされ、人生のある選択をする。「人はいつだって、やり直せる。生きている限り。たとえ輝ける明日を手にできずとも、何もせずに後悔するより、戦いに挑んで敗れ去ったほうが、まだあきらめはつく」(196ページ)とは、13年前のある人物の思いだが、それは高山も同じ。この果敢な高山の挑戦が、予想外の思いがけない真相とあいまって読者を昂奮させるのである。
一言でいうなら『おまえの罪』同様、ネタがぎっしりとつまっているサスペンスとなるが、『おまえの罪』以上に鮮烈なのはテーマだろう。題名の『共犯の畔』の“畔”とは何であるかが、最後の最後に読者に激しく突きつけられるからである。政治と社会の見方を一新させる秀作だ。