自殺に至ることも…「荷下ろしうつ」とは? 元自衛隊メンタル教官に聞く
65歳から90歳までの25年は、社会人となってから50代になるまでの月日と、ちょうど同じぐらいの長さ。定年後に過ごしていく老年期は「自らの老いを受け容れながら、生き方を選んでいく期間。まさに、人生の退却作戦です」と話すのは、元自衛隊メンタル教官で『50代から心を整える技術』の著者でもある下園壮太さんだ。
作戦の際には、「最悪のケースを想定」し、「今できることを考える」という2本立てのプロセスが有効だという。定年というターニングポイントも、楽観は許されない退却作戦だ。実は、今、懸命に働いている「頑張り屋」な人こそ知っておきたい「最悪のケース」がある。
それが、「荷下ろしうつ」。実際に、起こったケースを下園さんに聞いた。
■原因は思いあたらないのにうつになることがある
うつといえば、身近な人を失う喪失体験や事故など、大きな出来事や深い悩みがきっかけになる、と思っている人が多いと思います。しかし、何もないのに、うつになることがあります。
疲労は、第1段階、第2段階、第3段階、と進んでいきます。疲れの第3段階になると、それまでの人とはまるで違う「別人化」が起きます。このとき、「死にたい」気持ちが起こることがあります。現実生活があまりにもつらく、死ぬことによって「終わらせる」ことができると思うのです。
私のとある知り合いは、定年して3年後に亡くなりました。周囲からは、「あんなにずっと元気で快活だった人がなぜ」と不思議がられました。
その方は、体力自慢で、周囲が定年への準備をしているときにも、なんとかなるだろう、と楽観的でした。ところが、定年前の検診でいくつか異常値が見つかり、とても心配をしていたそうです。さらに、もう一つの心配の種は、長男の就職が難航していたこと。それでも、体力には自信がある人なので、むしろ仕事に精を出すことで、不安や悩みにフタをして乗りきっていたのです。気づかないうちに、疲労が積み重なっていました。
定年後、しばらくして長男の就職は決まりました。ところが、その人は突然、調子を崩してしまった。労働という明確なストレスがなくなり、長男の心配からも解放され、もう疲れを麻痺させる必要がなくなった結果、どっと疲労が押し寄せた。これが、「荷下ろし」と呼ばれる現象です。
■「落ち込みの理由がない」ことが荷下ろしの苦痛を拡大する
いろいろな制約から解放される「荷下ろし」は、うつを引き起こす、ひとつの典型的なタイミングです。
図の、「過重労働」のときには疲労がかさみますが、一時的にアドレナリンが出ており、不安や苦痛を感じずにやり過ごすことが可能です。
ところが、その過重労働がひと段落したとき、アドレナリンが切れて、本来感じるべき苦痛を「一気に」感じ始めるのです。
本人は、大変な出来事も終わったのに、どうして自分はこんなに体調が悪く、自信がなくなり、何をするのもおっくうで明るくなれないのかわからず、途方にくれます。
つまり、落ち込みの理由がないことが、自信を失わせ、「荷下ろし」の苦痛を大きくするのです。
荷下ろし状態で疲れ切っていたその人は、その状態でもなお、再就職先で仕事を続けていたそうです。本来の彼なら、難なくこなせる仕事量です。それまでの仕事に比べれば、楽な仕事です。「これぐらいで自分はへこたれるはずがない」――。
頑張り屋さんの彼は、笑顔を絶やさず、しかし、とうとう退職後3年目にうつの波に飲み込まれ、亡くなってしまいました。
■がくんと落ち込みが来たら「疲労のデータ」を取ろう
定年後、2~3年のタイミングで亡くなる人は、意外と多いのです。大きな環境変化をきっかけに蓄積疲労が悪化し、その後数カ月遅れで表面化してくるうつを、私は「遅発疲労」と呼んでいます。
疲労は、目に見えません。
だからこそ、がくんと来たら、「ああ、やってきたな」と思って、しっかりと休みをとって、疲れを癒やすことが大切です(図の点線)。
蓄積疲労をためて「荷下ろし」状態にならないために、ここから先、始めたいのが、なるべく疲労の1段階、つまり「休息すれば回復できる自分でいられる」ための工夫です。
うつからのリハビリの際、私は、クライアントに「この行動をした結果、このぐらい疲れた」というデータを取ってください、とお願いしています。落ち込みが来たら、「疲れているからだな」と理解し、「データが取れた」と思って、休んでみる。すると本当に回復するのです。
人は、何も理由が思い当たらなくとも、うつになる。そして、疲労はこまめにケアをすることが大切です。ぜひ、覚えておいてください。
(取材・構成/柳本操)