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13歳から7年間、実父から性的虐待… 彼女はなぜ全てを告白したのか?

 山本潤さんは、父親からの性暴力によって「私」を失った。13歳のときのことだ。それから父親と離れて暮らすようになるまでの7年間、日常的に被害を受けることになる。『13歳、「私」をなくした私~性暴力と生きることのリアル~』(朝日文庫)には、そんな山本さんが自分を取り戻していく過程がつづられている。表紙の写真が印象的だ。現在の山本さんはこの写真のように自分の足で歩き、生きている。しかし、そこに至るまでには長い長い時間を必要とした。
 看護師・保健師として医療現場で活躍すると同時に、「性暴力と刑法を考える当事者の会」代表も務める山本さんに、本書に込めた思いや願いをうかがった。(※インタビューは2017年に行ったものです)

262049_13歳、「私」をなくした私_性暴力と生きることのリアル

――当事者としてみずからの被害、そこからの回復を本として著した背景にはどんな思いがあるのでしょうか?

山本潤さん(以下、山本)「たとえば『痴漢に遭った』『性的虐待を受けた』と性暴力の事実を伝えると、多くの人は大変だったね、つらかったね、と思ってくださるでしょう。でも、被害当事者の内面がどうなっているのかまでには想像が及んでいないと感じます。電車に乗るのが怖くなって通学できないとか、男性を前にすると足がすくむとか症状はそれぞれですが、後の社会生活や恋愛、結婚……つまり人生そのものに多大な影響を与えることを知ってほしいと思いました」

――山本さんもこうして公に被害体験を話せるようになるまでには、ずいぶん時間がかかったようですね。

山本「被害にあっている最中の人、その傷からまだ回復していない人は、自分のことを話せません。思い出すだけで動揺することもありますから。人に話すのはとてもむずかしい……けれど、誰かが話さなければ性暴力被害についての理解はいつまでも得られないと感じています」

 山本さんの混乱は、長くつづいた。深夜、女性ひとりで行くのは危険な場所に出かけ、アルコールに溺れたかと思えば、激しい性衝動に突き動かされて男性と一夜限りの関係をくり返す。つじつまが合っていないようにも見える一連の行動も、山本さんにとっては性暴力被害に遭ったことで失った「私」を取り戻すための“あがき”だった。そのなかには、母親との葛藤も含まれる。

――本書にはお母さまから見た娘の被害、回復、時とともに変化してきた母娘の関係をつづった文も収録されていますね。

山本「子どもが被害に遭ったとき、『親は何をしていたのか』といわれることがあります。家族も影響を受けずにいられないのが性犯罪ですが、特に私たちの場合は、娘に加害したのが自分の伴侶ということで、母の混乱はより大きかったといえます。母の心情から私たちの葛藤までを伝えることで、性暴力被害の全体像がより理解してもらえればうれしいです」

 2005年ごろから山本さんは、性暴力や、被害者への看護ケアについての勉強をはじめる。それは自身で「回復を選択した」からこそ踏み出せた一歩だった。

――そこからの歩みがとても力強く見えましたが、性暴力について、その支援について知ることは山本さんにとって“力”となったのでしょうか?

山本「なぜ自分がこんな目に遭ったのか、性暴力とは何なのか……私は知りたかったんです。がん患者が自分の病はどういうもので、この検査は何のためのものなのかを知ろうとするのと同じです。自分なりに性暴力の問題がわかってきて、私が悪いからじゃなかったと思えたことは力になりましたが、それ以上のことがたくさん見えてきました。性暴力はいたるところで起きていて、その影響とともに生きている人がたくさんいて、でもそれを払拭(ふっしょく)しようと立ち上がる人たちもいる。人類はこの問題を解決できるのだろうか、ということも考えるようになりました」

インタビュー写真

――解決、できるんでしょうか?

山本「それはまだ私にもわかりませんが、幼少期から適切な性教育を受け、性だけでなく他者への適切な対応を学ぶ機会があれば社会は変わるでしょう。性暴力加害をする男の子には、友人グループのなかで関係を築くことがむずかしい子もいると聞きます。そんなときに女性の入浴をのぞいたり電車内で女性の体に触れたりすると、その高揚で無力感や孤独感が晴れた……これがきっかけで加害行為をくり返すようになっていくのがひとつの典型だと学びました。社会全体が、性暴力は性的欲求によるものではなく性を用いた支配・攻撃であると認識し、性暴力加害に適切な対応ができるようになれば変わる可能性があると考えています」

――いまのところ「性欲」と直結させる傾向が強いように見えます。

山本「性暴力もDVも、一方がもう一方を支配して傷つける行為であって、性欲の問題ではありませんよね。男女の格差が大きく性別役割分担意識が強い社会ほど性暴力が発生しやすい、という事実からもそれは明らかです。そうした社会では、女性は男性の性的対象としての役割を果たすべき存在だから、性被害があっても仕方がないと思われます。むしろ、性的な対象として振る舞っている女性が悪いとされるでしょうね」

 日本でも、性被害に遭った女性の自己責任が問われることが多く、性犯罪予防は女性の自衛によってなされるものという意識がいまだ強い。

――こうして性暴力の実態について力強く発信されている山本さんが、もし13歳のときの自分、あるいは今、性暴力を受けている子どもたちに話しかけらかれるとしたら、どんな言葉を届けたいですか?

山本「信頼できる大人に話して、と。その人が適切に対応してくれなかったら、別の人に相談してほしい。ある人がいうには、大人の3人に1人は信頼できる人物だそうです。誰かに話すのはとても大変ですが、あなたの話を聞いてくれる人が必ずいます、あきらめないでと伝えたいです」

 同書の冒頭では、2014年に米国ホワイトハウスが公開した「1 is too many」――性暴力は1件でもあれば多すぎる、というメッセージ動画が紹介されている。オバマ大統領(当時)をはじめ俳優やスポーツ選手、起業家の男性が世界に向けてそう発信する。こうして性暴力に対して強く「NO!」を尽きつける社会はとても心強い。だが個人にもできることはある、それは3人に1人の、信頼できる大人になることにほかならない。山本さんの一冊は、そんなことを教えてくれる。

(文・構成/三浦ゆえ)

山本潤(やまもと・じゅん)
1974年生まれ。看護師・保健師。13歳から20歳の7年間、父親から性暴力を受けたサバイバー。性暴力被害者支援看護師(SANE)として、その養成にも携わる。性暴力被害者の支援者に向けた研修や、一般市民を対象とした講演活動も多数行う