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描きたかったのは、“何もなさなかった人物”/『ラウリ・クースクを探して』刊行記念!宮内悠介さんインタビュー

 発売から1カ月あまりで日経新聞、読売新聞、毎日新聞、週刊新潮など10を超える媒体で書評が掲載され、話題沸騰中の宮内悠介さんの最新刊『ラウリ・クースクを探して』。2023年9月4日(月)に発売となったAERA(2023年9月11日号)に掲載された、インタビューを特別に転載いたします。作品に込めた思いとは――。

宮内悠介著『ラウリ・クースクを探して』(朝日新聞出版)
宮内悠介著『ラウリ・クースクを探して』(朝日新聞出版)

 テーブルに並ぶ硬いパン、風の匂い、どこか灰色の街並み。宮内悠介さん(44)の新刊『ラウリ・クースクを探して』のページをめくるたび、土地の空気に誘われ、その世界を生きているかのような感覚になった。

 舞台はエストニア。1977年から、物語は始まる。

 幼い頃から数字に魅せられていたラウリは、ある日コンピュータと出合い、そのなかに自分だけの世界を見いだし、やがてソ連のサイバネティクス研究所で働くことを夢見るようになる。仲間たちと儚くも濃い人間関係を築きながら、前へと進み続けるが時代は変わり、ソ連は崩壊。消息不明となったラウリを捜す人物の視点を通し、彼の数奇な運命が浮かび上がってくる。

「ラウリは造形が自分に近く、特別な存在」と宮内さんは言う。自身、物心がつく前から無我夢中で数字を書いていた、と周囲に言われ育った。ラウリと仲間たちが友情を育む過程は、小学生時代を過ごしたアメリカで出会い、宮内さんの日本への帰国を機に会うことが叶わなくなった友人たちを思い浮かべながら描いた。ラウリを1977年生まれの設定にしたのも、「自分と同じくらいの等身大の人物を描きたい」という思いがあったからだ。

「同じ時代に生まれても、国が変わるだけで歴史が大きく異なり、その先に激動の人生がある。自分で書きながらも、不思議な気持ちになりました」

 描きたかったのは、“何もなさなかった人物”だと言う。

「誰しもが勇敢に一貫した意見を言えるわけではないですし、簡単に正義の答えを出せるわけでもない。簡単な答えなんて、どこにもない。それでも人間は生きていける。そんな思いを込めたつもりです」

宮内悠介さん(撮影/朝日新聞出版写真映像部・高野楓菜)

 ラウリはいまも生きているのだろうか。何者でもない人間だからこそ、読みながら激動の時代が生み出す不穏な空気にのみ込まれそうになり、不安な気持ちにもなった。宮内さんも「悲劇へと突き進みかねない作者の思惑と、それに抗おうとする登場人物たちのせめぎ合いを感じながら執筆していた」と明かす。

 MSX、ブロックチェーン、量子コンピュータ……。かつてプログラマーとして働いていた宮内さんに「専門知識があればより深く楽しめるのかもしれない」と打ち明けると、「『プログラミングってこんなに面白いんだよ』って、むしろ詳しくない読者に向け書いているところがあるんです。自分が好きなものは、みんなにも好きになってほしくて」と軽やかな答えが返ってきた。

 無機質になりかねないコンピュータの世界と情景描写の美しさが融合し、奥行きのある世界が立ち上がっているのもこの物語ならではだ。

「じつは、プログラミングと小説を書くのって、似ているんですよ」と宮内さん。

「どちらも自分の手の中で、一つの世界を作り上げていく。そうした意味で、両者はとてもよく似ていると思います」

(ライター・古谷ゆう子)

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