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電子音楽ミニコラム その3"You're killing me" by Astrophysics feet MINTTT

https://youtu.be/-66yaKOmNjI


こんにちは。人混みが苦手すぎて最近学校でもしんどくなってしまうことの多い私。人混み苦手なのってどうしたら治るんだろ?
そんなことはさておき、久しぶりに音楽コラムを書こうと思う。今回取り上げるのはブラジルの新進気鋭の作家Astrophysics氏の"You're killing me"という曲。シンセウェイブと80年代ポストパンクをベースにグリッチやドラムンベースを取り入れたスタイルは最早唯一無二。特に思想的にヴェイパーウェイヴ、そのサブジャンルのソビエトウェイヴの影響が色濃いが、(実際ソビエトウェイヴにも分類されるベラルーシ発のポストパンクバンドのMolchatDomaのカヴァーもしているし、このビデオに登場するSashaの着ている服にも何故かСССР(ロシア語でのソ連の略称)の文字が…)、そこにスクエアプッシャーにも似た高速ブレイクビーツが絡み、シンセウェイヴらしいぶっといアイコニックなアナログシンセのベースが非常においしい。また、氏の作品ではお馴染みのゲストボーカルのMINTTT氏のオートチューンのかかったボーカルもこの曲の荒涼感と切なさに寄与していて、もう、最高(語彙力ゼロ)。さらにサウンド面で言えば、シンセパッドにビットクラッシャーをかけてさらにコーラスをかけた音がアンビエント的にコードを支配しているが、これもまたこの曲のノスタルジア(ビットクラッシャーによるレトロ化+コーラスによる未来感=レトロフューチャリズム)を演出するのに一役買っている。なによりも、決して難しいフレーズが入っているわけではないのに(いや、だからこそかもしれない)、キャッチーかつ哀愁感を醸し出しているのが天才的(スクエアプッシャーのultravisiterに通づるエモさがある!)。自分は音楽理論に疎いので、なんとなくでしか説明できないが、多分MochatDomaの曲などからコードを拝借しているのではなかろうか。


歌詞の方も見ていこう。

There is something one cannot bear,
real life every now and then
It’s draining me, dry.
Everythings at the same time.

It’s Killing me. Erasing the plan for a life
Where are you now?
Where are you now?
Where are you now?

there are somethings one cannot bear,
real life all the time
I know for a fact
that hope left me

It's killing me
erasing the plans for a life
where are you now?
where are you now?
where are you now?

It's killing me
erasing the plans for a life
where are you now?
where are you now?
where are you now?

上記動画のyoutubeの概要欄から

何か、耐えがたいものがある
現実での生、今も今までも
私は吸い取られ、乾いていく
全てが同時に…
死にそうだ、生きる為の計画を消去されて
あなたは今どこにいるの
あなたは今どこにいるの
あなたは今どこにいるの
何か、耐えがたいものがある
現実での生、全ての時間
私は真実を知っている
希望は私を置いてきぼりにしたという真実を
死にそうだ、生きる為の計画を消去されて
あなたは今どこにいるの
あなたは今どこにいるの
あなたは今どこにいるの
死にそうだ、生きる為の計画を消去されて
あなたは今どこにいるの
あなたは今どこにいるの
あなたは今どこにいるの

曲に違わずなんとも哀愁漂う歌詞。いや、哀愁なんてもんじゃない、絶望だ。描かれていたはずの未来の希望が失われていく絶望。生気が吸い取られていくような感覚。そんな悲痛の声をAstrophysicsはこの曲に乗せている。さっき氏の音楽について思想的にはヴェイパーウェイヴの影響が強いと言ったが、この「絶望感」こそ(本来の)ヴェイパーウェイヴに込められたメッセージなのだ。かつての大量消費社会、景気の良かった時代(日本で言えば所謂「バブル」の時代)に謳われた希望に溢れる未来…資本主義と科学によって人類が楽しく幸せに暮らす未来…は現実には来ることはなく、現実に来たのは戦争や不況、気候変動や環境問題(そして近年では)疫病に振り回され、陰謀論やテロが蔓延る未来(この一種の絶望感は私のような20代前後の若者世代が一番実感しているのではないだろうか?)。そこから逃げるようにして過去のノスタルジアにのめり込み、かつそのノスタルジアをも冷ややかに茶化す、ヴェイパーウェイヴの思想にはそういう一面がある。その絶望感と正面から対峙したとき、我々はAstrophysicsの描くような冷たい感覚(彼が常夏の国、ブラジルの人間であることを考えるとこの「冷たさ」が余計に際立ってくる)に陥るのではなかろうか。

さらに考えるとブラジルという国の現在の政治状況や治安によってAstrophysicsの音楽の冷たさと絶望感に磨きがかかっている可能性も否めない。ブラジルではボルソナロ大統領が少し前まで政権をとっていたが、彼は「ブラジルのトランプ」の異名を持つポピュリストで、コロナを軽視して対策を怠ったり、アマゾンのとんでもない規模の森林火災を放置して、そこに住む先住民の保護を怠るなど、まぁ結構色々やらかしているのだ(私が日本のニュースで見聞きしたことがあるのはこれくらいだが、きちんと調べれば多分もっと色々やらかしているのだろう)。実際、大統領選挙を目前にして彼はTwitterにこのような投稿をしていた。

(もう記事も長くなっちゃってるので)全訳は載せないが、自転車に乗って町に出たらボルソナロ大統領の支持者(のクソ野郎)にボルソナロに投票するつもりか聞かれてNoと答えたらビールの空き缶を投げつけられたのだそうだ。なんか…そんな昭和の子供のいじめみたいなこと大人がするなよ…って感じだが、このような日常も氏の作品に漂う絶望感へと深く影響を与えているのではないだろうか。


この曲は氏が現在製作しているビジュアルノベル"Hope left me"の一曲目となる予定  プロローグとして"Dystopian prelude"が加わり二曲目になりました(2023/3/31追記)。このビジュアルノベルでは、すべての場面がそれ自体がミュージックビデオになる予定だそう。曲をベースにストーリーが進んでいく感じが平沢進のインタラクティブライブを彷彿とさせる。こちらのビジュアルノベルのストーリーも記憶を失い、とつぜん見知らぬ街に現れた主人公と、主人公をたまたま拾った、誰もいないいかにも寒そうな(ソ連みのある)街(←崩壊後のソ連でした 2023/3/31追記)(Sasha曰く「住民は全員死んだんだと思う」とのこと)に住むSashaとのSFストーリーで面白そうなので期待したいところです。

2023/3/6 追記:今更ですがSteamでヴィジュアルノベル(全編英語)が配布されています。気になる方は是非。あとアルバムのCDを入手したのでのちほどレビューを書こうと思います。

2023/3/31 追記:まさかの日本語版登場。しかも公式。みんな買おう。


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