メロディの歌う聞こえない歌 ー 涙で電車に乗れなかったという話
「雨の中を歩くのが好きだ
誰もボクが泣いていることに気付かないから」
(チャーリー・チャップリン)
組織を永久に離れてしまったけど、わたしがメロディとあだ名を付けた人のことが今でも気がかりです。
1.夜の国道歩く
朝、心配だったので昨日の打合せはどうだったかと同僚のメロディに聞きました。
「打ち合わせは一方的に責められて。。涙が出て。
帰る時になっても涙が止まらなくって電車には乗れなかったんです。
雨降ってたけど仕方無いから国道を歩いて家まで帰ったんです。」
うつむきながら感情を消してわたしに言いました。2時間ぐらいかかったそうです。
クルマが激しく行き来する国道1号線の道端を、傘さしてとぼとぼ歩く彼女が浮かびました。
ライトが切れ目無く彼女をなめ、すぐ脇を通るトラックが強引な風でさらおうとする。
なかなか泣き止まないおのれを叱り叱りしながら、歩く。風に乗った雨が下から顔まで吹き上げて来る。
その小さな後ろ姿が、いつまでもわたしを離れないのです。結局、わたしは何もしてあげれなかったのです。
2.スペクトラムの中で
メロディは、かのじょ(妻)とウリ2つです。
他者を非難しません。というか、他者を操作する脳の筋肉が欠落している。
「あれが出来てない、これが出来てない!」と一方的に言われても即答できない。で、それを嗅ぎ取った周囲から、いいようにボコボコにやられる・・。
ふたりとも、とっても聡明な頭脳にも関わらず、地上をとてもぎこちなく歩く。ADHDというスペクトラムの中できっと近いふたりかなと思う。
メロディは中学の頃はアメリカにいて、両親とともに全米をあちこちと住まいをかえています。中学では飛び級をしています。
やがて、父母の赴任が解けて、一緒に日本に帰って来ました。有名私立大学に入り、卒業すると会社に入った。
わたしが彼女を知ったのは、海外の会社との会議の場でした。
帰国子女の彼女は、もちろん流ちょうに英語を操る。
冗談を言いながら繋がりを再びつなぎ合わせるなんていう芸当は、日本人には出来ないものです。
非常に聡明な人で、相手の言うことを理解しわたしたち日本側に伝える。
そして、こちらの想いを相手にちゃんと伝える。
過度に解釈するわけでなく、また、自身に考えが無いわけでもないという、絶妙なバランス感覚を持っていました。
でも、彼女は次々と所属を変えさせられて行きました。
歴代の上司たちは、彼女はやる気の無い、使えないヤツだと思ったのでしょう。やがて、わたしがいる企画部門に流れ着きました。
3.続く砂漠の日々
メロディは、自分の母から距離を置こうとしていました。
「母は猛烈なADHDなの。人の気持ちを理解できない。
そのかわり、たとえば、ソフトウェアなんて勝手になんでも使いまわせるわ。しばらく自分勝手にいじくってそのうち、理解する。ITが好きなの。
官公庁を停年して外郭団体に移ってからも、なんでもITが分かる母は重宝されてるわ。」
「母はいいの。だって、父がそんな母を鉄壁に守ってるんだもの。母は好きなことを言い、好きなことばかりをする。父はその母を完全に庇護する。
そうね、わたしにも母はなにかとちょっかい出してくるわ。かなり迷惑なので、わたし家を出たの。
母と違って、わたしは誰にも頼れないわ。わたしは、ひとりで生きて行くしかないの。。
この会社でうまく行かないからといって、ほいほいと転職するなんて自信がないし。ここでじっと我慢するしかないの。。」
企画部門では、上昇志向の強い女性Kがマネージャに昇進していました。
Kは、誰が権力をもっているかを動物のように瞬時に嗅ぎ分け、そこに取り入る才に恵まれていました。
徹夜しようが部下に無理させようが、上のパワープレーヤーが望んでいるであろうことを実現しようとする。
「あなた、この前言ったよね、なぜ出来てないの!」、みたいなことをスルスルと口から部下に発することもできる。
既に、Kの元でふたりの女性がこころ病んで休職になっていたところに、メロディーが補充されました。メロディはお決まりのルーティンにはまって行きました。
4.なぜ?
マネージャの重要な仕事の1つは、部下の特性を把握しそれを生かすようサポートするということです。自分を部下に押し付けるだけでは、仕事は広がって行きません。
でも、傾いてゆく組織の中で人が余っていたのです。
Kは、指示を出し、それを履行させるというスタイルでした。(私が主人公!というタイプ)
Kは、部下がそれを実行できる環境を整えてやることも、具体的に何を達成したらよいかをクリアに示すということも出来ません。その才能には欠けていたのです。
始終、Kに問い詰められていましたから、メロディが困っているであろうことはわたしにも分かっていました。
わたしは、たびたびメロディの席に行き、なにに困ってるの?と聞きました。
Kは、メロディに曖昧な指示しか出していませんでした。後はよろしくーってな感じで、いつまでに報告するようにと納期ばかりを切っていた。
メロディが指示?された仕事がなにかを聞き出したわたしは、その解決のための手順を彼女に促しました。
「じゃあ、先ずはAに状況を確認し、きっとこういうだろうから、
次にBに会い、BからCにこれをやってくれとBに依頼すればいいよ」。
。。。
わたしからすれば、とても簡単な調整で、あまりに当たり前なプロセスでした。でも、メロディはいつまでも凍り付いていた。
??
やがて、日が経ち、Kがいらいらしながらメロディに進捗報告を求めてくる。メロディはなにも説明できない。
Kはさらにネジを巻きあげ、メロディに今度こそはいつまでにかならず実行し報告するのよ!と、詰め寄る。メロディは、こくんと頷いてしまう。
見かねたわたしが、彼女に代わってAやBに会い依頼しようと言っても、なぜかメロディはYesとは言いません。
自分でやる?やれる??
納期がなにもしないままに再びやって来る。。
ある日の夕方でした。
Kのあまりにひどい非難にメロディはとうとう泣き出し、Kの解放後も電車に乗れなくなってしまったのでした。
5.メロディもADHDなのです
目の前のことへの異常に高い集中力は、もろ刃の剣です。
たとえば、「あのさぁ」と急に横から入って来た刺激があると、メロディの場合、今度はそちらに注意が100%奪われます。
ということで、さっきまで注力していたことは完全に意識から落ちる。
瞬間瞬間に生きているようなものでしょう(事務や生産と言った手順・手続き系ではなく、芸人や芸術、営業が向くでしょう)
ということで、ADHDは整理整頓が苦手だし、工程が組めないでしょう。
「ワーキング・スペース(脳で作業する際の当座必要な記憶を置く作業場所)」がとても小さい。
わたしのように、いくつかのことを脳の土俵に同時に置いておき、それぞれをパラレルに走らせるなんて出来ません。(ただし、わたしは1個1個への注意がまんべんなく薄くなる。)
ADHDのスペクトラムを帯びた人は、その程度はブロードに散らばるものの、協業が苦手です。
あなたにとって、Aをしたら今度はBをし、そしたらCだと簡単に思えることが、かれらには途方もない苦役です。
算数で引き算苦手な子は、指が足りなくなります。(やろうと無理したらやれるけど、とっても苦痛)
深く1点掘りのかれらは、「じゃあ、きみの替りにしておいてあげるよ」なんて言えません。
してあげたいのだけれど、それが出来ないことを本人も知っている。
仕事では、協力、連携、相談、報告とかいう漢字がいっぱいあるんだけれども、できない。
もちろん、本人も心苦しいけれど、納期までにあれやって、これやってなんていうプロセス逆算ができない。無い。
わたしが彼女に提案したアプローチも、それをイメージできないものだから、良いも悪いも無く判断保留になったのでしょう。
もちろん、心苦しくて黙ってる。納期を迫るKにも黙ってるしかない。
「だって出来ないんです」というもっともクリアな説明が、職場では禁じられているのですから。
で、Kは「あなたにいつまでに報告しなさいと前回言ったわよね!なぜしないの!!!」とまたまた怒りを連発する。
周囲は「あいつはやる気が無い」、「またサボってる」、「いい加減なヤツだ」というレッテルをぺたぺた貼って行く。
ああ、、辛い。。
メロディを理解しその特徴を生かそうと本気で思う者がいないのです。
いいように使えれば幸いという程度です。
わたしに言わせれば、報連相なんてそう出来る者がやればいい。管理ごっこが好きな者だっていっぱいいるから、そいつらにさせればいい。
けど、投資判断に関わるような重要事項を話しあえる場を1日提供するだけで、メロディは残りの364日を休んでも価値があるのです。
そこは誰もメロディの代わりが居ないのですから。
Kは、勝手に自作した脚本に書かれている「マネージャ」という役割を演じたいだけに見えます。
6.Kに怒った
雨の日の話を聞いて、さっそくわたしはKに怒鳴り込みました。
「非難ばかりしてないで、なぜなのかをちゃんと聞いたのか!、何に困っているのかを聞いたのか!
具体的な目標を提示したのか!、また、3人目の休職者を出す気なのかっ!」、と。
Kとわたしは古い付き合いでした。
わたしはそばの椅子を蹴飛ばした。Kは恐れおののきました。男が全力で激怒したんですから。
しかし、Kには無理な話だと最初からわたしには分かっていたのです。
Kは部下の気持ちを理解できない脳なのです。理解できないから、聞かないのです。
Kを責めても何も解決しないのです。
Kを怖がらせただけで、Kはメロディという部下に対する在り方を変えることは出来ませんでした。
自分を説明できないメロディと、他者を理解できない管理職のKがずっと続く。
メロディが2次障害を発症するかもしれない・・。
実は、わたしにもメロディの凍り付き自体が分かりません。
ADHDの特性として協業が苦手であると理解していても、それはあくまでも知識レベルのことであって、感情的にKが怒り狂ったことの方がしっくり分かるのです。
こんなにも聡明な人が、ちょっとした調整もできないなんて。。
7.メロディの奏でる歌
注意欠如・多動症(ADHD)とは、発達水準からみて不相応に注意を持続させることが困難であったり、
順序立てて行動することが苦手であったり、落ち着きがない、待てない、行動の抑制が困難であるなどといった特徴が持続的に認められ、そのために日常生活に困難が起こっている状態です。
12歳以前からこれらの行動特徴があり、学校、家庭、職場などの複数の場面で困難がみられる場合にそう診断されます。
メロディもかのじょと同じ系譜にいるでしょう。いつも周囲からボコボコにされているかのじょに、メロディのことを聞いてみた。
「ADHDの系譜だからといって、人のこころを読めないわけではないの。その人が怒っているのか、悲しんでいるのかはよく分かるわ。
メロディさんは、順序立てて行動することが特に苦手なんだと思うの。」
「いや、彼女は休み時間にはよくスマホで作曲しているんだ。けっこうその世界では有名みたいだ。ほら、オタマジャクシを組み立てて行く行為だから、順序立てて行くことが苦手だとは思えないんだけど。」
「いいえ、それは彼女にとっては、曲作りは1つの流れなの。ひとつの物語なの。
流れがあることは理解するし、行為できるの。でも、要素を組み合わせようとしても、それぞれがばらばらなままになるの。
ばらばらだと、なにも関連付けが起こらないから、行動に移れないの。」
「・・・・」
「わかるかしら?
あなたの言う、Aに確認してから、Bのところにいって、Cにそれを依頼してくれと頼むなんていう話は、ほんらい無関係な要素の組み合わせの代表ね。
A、B、C、それぞれに本質的なつながりはもともと無いんだもの。ただのラベリングされた”約束ごと”なの。
だから、それらは物語としての姿をもっていない。それだと、わたしたちには行為できないの。」
「マネージャのKはアホだけど、わたしによく似ているんだ。目標を達成させるためには、Cに実行させればいいって思いつく。
Cをその気にさせるには、Bを使えばいいって。Bが納得させるには、Aに事前に状況を確認しておけばBは断れないだろう・・とかね。
そんなふうに、Kとわたしは逆順で物語を作っていると思うんだ。」
「そうね。それも物語だわ。でも、わたしも、たぶんメロディさんも自分からは物語を生成できないの。
作ろうと思ってもそれはなぜか禁じられている。
それはあなたには納得できないことだと思うわ。だって、あなたには当然に(生成)出来てしまうんだもの。
これをしたら次はこの仕事をすればいいということを、わたしたちは思いつけないの。」
「。。。。」
「信じられない?
そういうわたしたちは、やる気がないとか、さぼってるって言われてしまうの。
思考が、要素を組み合わせて物語を作ることが自分ではできない。他者のいう物語は理解できるわ。でも、人の当然出来ることが出来ないの。
とても情けないし、辛いわ。。。
自分のことを説明しようとしても、”当然”の人たちには”言い訳”としかとられないの。あなたには、当然と思えることがわたしたちには許されていないの。」
メロディもかのじょも他者批判をしません。また、かのじょと同じようによく自他を集中して、しかも客観的に見ている。
その透明な目は、しかし、Kのように他者にやらせようという作為性も、あの目標を達成しようという執着も持てなくしています。
だから、他者を悪くいうことも、貶めることもできません。
作為を持って貶めるとは、”先に醜悪な物語”を頭の中で生成して置く才がいるとかのじょは言っているのでしょう。
意図があるから、人を操作できるのです。意図はみなが持つものだと、Kもわたしも当然視するのですが、しかし、この地上にはそうでない人も住んでいるとかのじょは言いたいのです。
かのじょ自身のじんせいも、自分を分かってもらうための戦いの日々だったのです。
8.なぜ歌わないの!
Kは、メロディたちをその特性に沿って生かしていたのかといえば、Noです。おのれの”常識”にしがみついて他者非難を繰り返すばかりでした。
なぜ歌わないの!
いや、メロディはたしかに歌を歌っていたのです。けれど、意図を強く持つ者たちはそれを聞かない。
Kは人を何人も休業に追いやっておきながら、いまはさらに昇進しています。
あいかわらず、上位の覚えはいいのです。取り入るというのは1つの才能です。
でも、そのKも組織の1つの歯車でしかなく、その歯車は他者の気持ちも思い遣れないままにいつか捨て去られるのに。
主体的に生きている気でいるでしょうが、Kはただただ自分が何かを恐れ、ただ保身していたことにやがて気が付くでしょうか。
しばらくして、わたしが企画部門を離れると、メロディは心身症となり、休業に入りました。もとの同僚たちがわたしにそれを伝えてきました。
メロディは絶望したでしょう。
ずっと聞こうとしない者が支配するこの地になぜ来てしまったんだろう。。ずっとこの世界が続くんだろうか。。。
1年ほど休職していました。
復帰後、別な部署へと転属したメロディは、今も悲しくおもってるでしょう。
なぜ歌わないの!
居場所の無いところで働かなくてはならないこと。誰にも歌声を聞いてもらえない世界で生きること。。
何も力になれなくてゴメン。
わたしたちがきみを生かせなくてごめん。
P.S.
この歌が私たちに雨となって降り注ぐ。その悲しさは、優しさにとても近いのです。
声無き者に代わって彼が歌います。メロディ、泣かないでと。
https://www.youtube.com/watch?v=ih6_xNsensA
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?