達人のなり方とは?
こんにちは。
今回は、武道などの、達人の境地に達するには、
どうすればいいかを、考えていきたいと思います。
達人とは。
達人とは、武道では、力と技はもちろん、心(人格)をしっかりと築きあげ、
武人たりとて争いを起こさず、また、
火種とならず。
哲学的に悟った存在のようです。
道場とは、元は、寺院の修行の場のこと。
道場というと、武道の稽古場のイメージですが、
元は、寺院の僧の修行の場のことです。
と、いうとは、僧が悟りを開くことと、
達人になることは、同じ原理なのでは…?
悟りを開くには、欲を捨てる
悟りを開く為に、解脱といって、あらゆる欲を捨てますね。
もちろん、悟りを開きたい、という欲もです。
なら、
達人になりたい、という欲も捨てなければ、達人になれない。
そうなるのでは、ないでしょうか?
達人になるという欲を捨てた時、達人になれる(?)。
達人は、自らを達人などとは言いません。
達人と言う人は、本当の達人ではないものです。
真の技と心を持った達人は自らを達人などと言い、自己顕示欲を満たしたりしません。
やはり、達人は達人になろうとしないこと、によって到達するのかもしれません。
終わりに。
ひとつの好例があります。
弓道の達人を目指す人がテレビのドキュメントで出てまして、
達人になろうとあがく結果、心を乱し、さっぱりなれません。
ある弓の達人の教えを受けると、達人は、その人がこだわっていた技や力ではなく、心の持ち方を解きました。
その達人は、『心』の持ち方が最終的に達人になれるかどうかということを知っていたのでしょう。
武道に限らず、あらゆる道から、心の達人になること。
そしてそれを活かすこと。
今、それが求められている。
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