Artist Note vol.6 沼田侑香
「Art Squiggle Yokoyama 2024」では、「アーティスト・ノート」というコンセプトを掲げ、各参加作家に本フェスティバルの準備段階で、まだ頭のなかにしか存在していなかった展示についてのインタビューを行いました。作品に込める思い、悩みや葛藤、インスピレーション源についてなど、まさに「Squiggle」の最中にいたアーティストの声がここには綴られています。
デジタルを使った表現の試行錯誤の原点
WindowsXPをモチーフにした超大作に込められた思い
デジタルネイティブと言われる世代に属していますが、幼少期のデジタルとの関係性を教えてください。
古い記憶だと白黒のゲームボーイやたまごっちが思い浮かびます。デジタルと言ってもガジェット感があって、それがかっこいいと思っていました。携帯電話も親と連絡を取るための手段としてしか使っていませんでしたし、 YouTubeもまだなかったですね。lnstagramをはじめとするソーシャルメディアが一気に普及したのは、大学に入学してからでした。まわりの人たちがデジタルの世界に入っていく様子を客観的に見ている自分がいたのを覚えています。
現実と仮想の世界をテーマにした作品を制作するようになったのは、何かきっかけがあったのでしょうか?
コロナ禍に海外留学していた時に、よく日本の友人たちとオンラインゲームで遊んでいたんです。3DCGでつくられたゲームの世界はリアルで没入感があり、遠くにいるはずの友人がすぐ側にいるような感覚を覚えました。でも、時々バグが起きるんですよ。壁を突き抜けたり、乗っている車が地面に剌さったりとか。それを見た瞬間に仮想世界から現実に引き戻されたんです。これは現代的な感覚の共有ができるものではないかと気づき、バグを取り入れた表現を重要視するようになりました。
大学では油絵を専攻されていましたが、アイロンビーズを素材に選んだ理由とは?
デジタルが普及して世の中は進化しているのに、なぜまだレオナルド・ダ・ヴィンチの時代から変わらない道具で油絵を描いているんだろう?という疑問があり、時代性が投影できる代わりのものを探していたんです。そんなときに偶然アイロンビーズをおもちゃ売り場で見つけ、大きな作品を 作ったら絵になるんじゃないか?と考えました。絵的な要素を含みながらもデジタルっぽい見え方になりますし、作業工程がアナログなのが自分のやりたいことにハマりました。実体験の中で生まれた、自分にしかできないものだと感じたんです。
今回、 新たに制作する展示作品《Surfing the Net to the Moon》(2024)は、かなり大掛かりなインスタレーションになりますね。
集大成というか、今までやってきたことを全て詰め込みたいと考えています。今回のモチーフは、小学校のときのパソコンの授業で使用していたWindows XP。その当時のイメージが記憶にすごく残っているので懐かしさを感じます。まだパソコンをインターネットにつないで情報収集をするためのものだと思っていなかったので、お絵描きツールやソリティアみたいなゲームしか使っていませんでした。デジタルに介入し、試行錯誤が始まった原点になるので、自分が触った初期のパソコンのイメージを作品に用いることにしました。
―Windows XPのデスクトップで見慣れたイメージを背景に、多様なモチーフのアイロンビーズの作品が吊るされる予定ですが、それぞれについてもう少し詳しく説明していただけますか?
イルカのイメージは、カイル君です。当時のMicrosoft Officeを使うと、ユーザーが何かわから ないことがあったら吹き出しで質問に答えてくれるキャラクターで、初期の検索機能みたいなものでした。ただカイル君が画面に出てくると、どうやっても消えないんですよ。多くの人たちがカイル君を消す方法を調べていて、ちょっとしたネットミームみたいな感じで流行っていたので、 私もなんとなく知っていました。Windows XPを表すのに、とても重要な役割だと思って入れています。
たくさんのソフトを開いている状態のデスクトップみたいですね。
そうですね。イメージが重なっている部分は、エラーを表しています。集大成となる作品を目指す上で、過去を振り返りながらアイデアをまとめていったのですが、初めてデジタルで絵を描いたのは、Windows XPのお絵かきツールだったんですよ。お絵かきソフトで描く線と、超アナログな作業を通して描く、アイロンビーズを使った線を登場させることで、そこに時空のズレみたいなものが生まれるのではないかと考えています。
過去最大サイズのアイロンビーズ作品を通して、伝えたいことは何でしょうか?
アイロンビーズは身近な素材だからこそ、作品になったときの感動がオーディエンスの方に伝わりやすいと感じることが多いです。作品を通して現実世界の大切さを伝えることは、重要視していますね。今回はものすごく長い作業時間がかかる作品になるので、自分たちが生きている時間を感じてほしいです。「どれくらいの時間がかかったんだろう」とかでもいいですし。現代のデジタル社会では時間を短縮することが重要で、生きる速度がすごく早くなっていると思うんですね。でも、私たちが生きていく上でショートカットすべき部分と、できない部分があると思うんです。現実世界で生きている自分たちの時間を実感していただけたら嬉しいです。
Interview Date: 2024/06/20
Text by Naoko Higashi
PROFILE
1992年千葉県生まれ。2019~2020年ウィーン美術アカデミーに留学。2022年、東京藝術大学大学院修了。アイロンビーズを用いて描くイメージはピクセル画を連想させ、新次元における表現方法を展開する。「Sapporo Parallel Museum」(北海道)、「USHIKU REDESIGN PROJECT」(千葉)など、プロジェクトベースの展覧会や地域活性プロジェクトにも参加している。
About "ARTIST NOTE"
会場では、それぞれの作家ごとに用意されたテーブルの上に普段制作に使用している道具やアトリエにあるもの、影響を受けた書籍などが並ぶほか、インタビューや制作プロセスが垣間見れる写真などが掲載された「アーティスト・ノート」が2枚置かれています。会場を巡りながらそれらを集め、最後にはご自身で綴じ、自分だけの一冊をお持ち帰りいただけます。