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セシリア・ビクーニャの人生から表象を考える
セシリア・ビクーニャ(Cecilia Vicuña)の人生から表象を考える
セシリア・ビクーニャ(Cecilia Vicuña,1948- /ニューヨークとサンティアゴを拠点とするチリのアーティスト/詩人)
by Cecilia Vicuña
略歴とアートワーク- Cecilia Vicuña
1948年、サンティアゴ(チリ)で生まれる。
1957-1964年、St Gabriel's English Schoolで英語を学ぶ。その頃から、父親が建てたスタジオで抽象絵画等の制作も行なっていた。
1966年、チリ大学(University of Chile)サンティアゴ校の工学部建築に入学するが、そのファインアートの学部に変更している。
1967年にビクーニャは、「Tribu No」と「El Corno Emplumado」(メキシコの雑誌)に最初の詩を発表している。
1971年、チリ大学からMFA(芸術修士)、1972年にブリティッシュ・カウンシル賞を受賞して、ロンドンに移り、スレイド美術学校(Slade School of Fine Art/London)に学ぶ。
1973年、アウグスト・ピノチェト将軍が率いるチリのクーデターに出会い、ロンドンに亡命している。
その時期のセシリア・ビクーニャは、政治活動に焦点を当てており、チリや他の国々でのファシズムや人権侵害に対する平和的な方法で抗議を示している。
彼女は「Artists for Democracy」(民主主義のためのアーティスト)の創設メンバーである。そして、1974年にチリのRoyal College of Artで、民主主義芸術祭を開催している。
1975年、ロンドンを離れ、南米コロンビアのボゴタに移り、先住民の芸術と文化の独立した研究を行っている。
1980年、ビクーニャはニューヨークに移り結婚、その80年代にはMoMAで展示される。そして、アメリカの多くのミュージアムで収蔵・展示されるようになる。
2018年、セシリア・ビクーニャは、プリンストン大学ミュージアムのSalary Elson International Artist in Residence(専任研究)となる。そして、レジデント(resident)の一環として、ビキューナはコロンビアのピアニスト、リカルド・ギャロと共演(パフォーマンス)した。
セシリア・ビクーニャのテーマは、言語、記憶、解散、絶滅、亡命などだろう。
そして、具体的には、生態学的破壊、文化の均質化、政治的な経済的格差に関連している。
Fig.Hugo Boss Prize 2020 Nominee-Guggenheim Museum
Cecilia Vicuña: Hugo Boss Prize 2020 Nominee-Guggenheim Museum
この取り組みは、様々な不安定なものから、今までの作品の全体像で統一されたテーマだろうし、その究極は、現実的な方向性へ導く、エコフェミニズム(Ecofeminism/環境保護主義)と言うキーワードとも言われるだが、それだけだろうか。
セシリア・ビクーニャに対して、スペイン文化省(Premio Velázquez de Artes Plásticas -審査員)からは、地球環境とそこに存在する多次元芸術(学際)と評される。
「詩人、造形芸術家、活動家としての傑出した作品」と「地球、書き言葉、織りと相互作用する多次元芸術」-Premio Velázquez de Artes Plásticas (2019-スペイン文化省)
2000年を越えて、スポットを浴び、この2020年代が楽しみな作家だ。
Cecilia Vicuña
セシリア・ビクーニャ女史の表象を捉える時、一元的にはいかない、このコラムでは、多面的に3回のコラムで考えております。それにしても、さらっと全体像を観る事はできない、グレートな作家ですね・・
そして、同じプリンストン大学の関連もあり、広義での地球環境問題へのアプローチから、その間に、タイムラインに真鍋淑郎氏(ノーベル物理学賞-2021)のコラムも・・・
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