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(今日の一曲)凌雲(Rita Chao)の歌うAs Tears Go Byは涙が流れる

イギリスの植民地だった当時の香港で、ローリングストーンズ(作詞・作曲)の「As Tears Go By」を、The Quests(シンガポールのバンド)の演奏で、のびのびと歌うRita Chaoは、確かに、涙が流れるように素晴らしい。それは、今現在(2020.6)、だからなのも知れない。そのリタ・チャオ(凌雲)は、1950年生まれで、1960-70年代に人気の高い英語の楽曲の多くのカバーを歌っている。2014年7月に病で亡くなっている、64才だった。そして、時代と共に多様な問題の含みを持つ世界の中で生き抜いた歌手だ。

凌雲(Rita Chao,1950-2014):シンガポールの歌手。
リタ・チャオ(凌雲)は、1960-70年代に人気の高い英語の楽曲の多くのカバーを歌って香港や東南アジアで人気を博した。 最初のレコーディング(EP/コロンビア-EMI)は、1966年で、「Shake、Shake、Shake」で、B面に「Happy Happy Birthday」だ。 そして、彼女はシンガポールのトップギターバンド、クエスト(The Quests)とペアを組んだ途端、スターダムに上がるのは、その実力もあり、あっという間だった。 The QuestsとRita Chaoは、多くのレコードをジョイントした。その中で、この「As Tears Go By」も歌っているのだ。
そして、当初は、ナイトクラブ等での活動だったが、1967年からは、シンガポール、マレーシア、台湾、香港、日本にもツアーで来ている。
「As Tears Go By」については、当時の香港はイギリスの植民地であり、そこで歌われて高評価を得ている、この歌唱力はすばらしい。

もう少し、経歴を具体的に挙げると、
リタ・チャオ(凌雲)の祖母(趙永春)は、著名な中国のオペラ歌手として知られている、そして、母親(荊玉仙)も、チャイナのオペラ歌手という環境のもと、シンガポールで育った。その事は、エンターティナメント・ビジネスの環境に慣れており、そのキャリアにも役立った。音楽の遺伝子があるのだろう。両親と親戚は、早期にその才能を見出して、チャイニーズ・オペラの舞台に立った。ただ、リタ・チャオ(凌雲)は、1965年には、ポップミュージックの世界に入っている。歌唱力の訓練や、マネージメントは、家族ぐるみで、主には祖母がしていたようだ。
クエスト(The Quests)とのペアで、スターダムに進み、英語のナンバーのカバーも多い、そして、それは、概ね10年はつづいた、1975年頃(最後のソロアルバム)までだった。その時、リタ・チャオは、香港映画の現場で、「ずっと歌うことに疲れた」と話している。
それから、30年間以上、リタ・チャオは、メディアに出る事はなかった。精神疾患に苦しんでいるという情報はあるが、それは、あくまでも未確認の情報だ。
2015年2月に、リタ・チャオが前年の2014年7月にシンガポールの病院で病(がん)で他界した事がニュースで流れた。
その時、彼女の母は、90才だった、ただ、その間、それをショーのビジネスの世界には、知らせていなかった。
最後まで、エンターティナメントの世界に徹しているという事だろう。そして、リタ・チャオは、香港という当時の国際都市で英語圏(イギリス)の文化を取り入れている歌手だった。時代と共に多様な問題の含みを持つ世界の中で生き抜いた歌手だ。

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