#1デニス・ホッパー/ニューシネマの騎手以降の挫折
デニス・ホッパー(Dennis Hopper,1936 - 2010)
アメリカの映画監督、俳優、写真家、アーチィスト。
「イージー・ライダー」でアメリカン・ニューシネマの騎手と言われた、その監督の次回作、「ラストムービー 」は、あまりに難解であり、そして再編集を拒絶した。
それは短期間での公開となった。そして・・・・
「ラストムービー」(The Last Movie-1971)以降、「ブルーベルベット」デヴィッド・リンチ監督(1986)で、俳優として再登場するまで、その挫折の期間は長い、アルコールに、薬物に依存せねばならない、辛い日々だっただろう。ハリウッドを追放された、そこで少なくとも映画人としての流れは終わっていたかも知れない・・・そうならなかったのは、稀有な異端児というよりも鬼才なアーティストだったのだろう・・
デニス・ホッパーには、多様な評価があるが、その革新的なスタイルを確立した事は確かだ。
Dennis Hopper- ごく概略
1936年、カンザス州ドッジシティで生まれる。
1952年、プロの劇団「ラ・ジョラ・プレイハウス」に入団し、俳優としてデビュー。
1955年、テレビドラマの役が評価され、ワーナー・ブラザースと契約。
1955年、「理由なき反抗」(主演:ジェームズ・ディーン)出演。
1956年、「ジャイアンツ」(主演:ジェームズ・ディーン)出演。
1967年、「白昼の幻想」監督作品、脚本-ジャック・ニコルソン、そして、ピーター・フォンダを俳優として迎えた。
1969年、「イージー・ライダー」監督・脚本・主演、アメリカン・ニューシネマの代表作と言われる。
1971年、「ラストムービー」監督作品は、全編南米ペルーでロケをした映画であり、難解な内容のために理解されず、絶望したホッパーは、飲酒やドラッグの問題、そして、映画会社との確執などがあり、恵まれない時期でもあった。
1986年、「ブルーベルベット」デヴィッド・リンチ監督で俳優へ復帰。
1988年、「カラーズ 天使の消えた街」監督作品では、実在のストリート・ギャングをエキストラに起用した、そして、全米週末興行収入成績第1位を記録する。
1990年、「パリス・トラウト/静かなる狂気」で、実在した犯罪王パリス・トラウトを演じる。そして、性格俳優としての位置づけともなる。
2008年、フランス最高の勲章「レジオン・ド・ヌール勲章」を受賞。
2010年、ハリウッドの殿堂入りを果たした。
2010年5月29日、カリフォルニア州の自宅にて、病のため死去する。
ピックアップ映画-The Last Movie
1971年、「ラストムービー 」(The Last Movie )デニス・ホッパー監督:1971年ベネチア国際映画祭では好評を博したが、内容的に難解であり、かつ、前衛的だ。
ユニバーサル映画からの再編集の指示をホッパーが拒絶した。このため、短期間での公開後、再上映される機会は極めて少なかった。
2019年12月20日-、オリジナルネガから4Kスキャンと修復を施した最新素材でリバイバル上映。
1971年製作/108分/アメリカ
ラストムービー(デニス・ホッパー監督)-予告編
THE LAST MOVIE - Official Trailer (4K Restoration)
「デニス・ホッパー 狂気の旅路」(Along for the Ride)