Etheldreda Janet Laingの100年前のカラー写真、立葵もきれいだ。
立葵が、下から上へ咲き終わると梅雨が明ける・・と言われる、、この写真は、英国の女性写真家Etheldreda Janet Laingの100年前のカラー写真だ。
光の当たる庭で、慎重に構図とポーズをとった子女のショットを*オートクロームで絵画のような世界に撮影している。
100年の時を経て、それが今でも伝わる・・・
エセルドレダ・ジャネット・ラング(Etheldreda Janet Laing,1872–1960):イギリスの女性写真家
1908年にカラーでの撮影を始めた。それは、初期のカラー写真である*オートクロームでの記録だ。
(c)Etheldreda Janet Laing
1872年にイーリー(Ely, Cambridgeshire)に生まれた。エセルドレダは、キングススクール(King's Ely)校長の娘だった。そして、ケンブリッジ(University of Cambridge)で絵画を学んだ後、
1895年、結婚(法廷弁護士チャールズミスキンレイン)し、その後、夫婦はオックスフォードに居住した。1890年代後半から、エセルドレダは、写真に情熱を注いぎ、自宅に暗室までも作った。
1907年、オートクロームのカラープロセスに興味を持った。そして、1908年からは、エセルドレダは庭で娘のジャネットとアイリスの写真を多く撮影している。ただ、その当時、オートクロームは、非常に高価だった。
後に、エセルドレダは、王立ミニチュア協会(強調細密画/16世紀の伝統的芸術)にも参加している。
エセルドレダは、写真の構図に細心の注意を払い、光の当たる庭で、慎重にポーズをとったショットを撮影している。そして、当時は、長時間露出が不可欠だった。そして、当時は、日本の着物の流行が、欧州や、この英国にあったと言う事だろう。
Etheldreda Janet Laing
(註)*オートクローム:リュミエール兄弟のカラー写真プロセス/この当初は、モザイクでの加法混色-RGB、それは、簡単に言うと印象派の手法(点描)だ、そして、当時の写真家は、写真化学との学際的な視点を持っていた。
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