ジャズが聴こえるデザイン -リード・マイルズの魅惑
音楽は音だけでなく、ヴィジュアルを伴った時に魅力が倍増する。それは、CDやレコードを愛する人なら、きっと感じることだと思います。
ジャズレーベルのブルー・ノートのジャケットは、そんな優れたヴィジュアルの宝庫です。そして、その初期の作品のジャケットを多く作ったデザイナーが、リード・マイルズです。
彼が手掛けたジャケットは、まさにジャズの音がそこから匂い立って、聴こえてくるような魅力に満ちています。
リード・マイルズは、1927年、シカゴ生まれ。海軍を退官後、アートスクールに入学。卒業後、デザイナーとして様々なクライアントを手掛け、1950年代半ばから、ブルー・ノートレーベルの作品も受注するように。約10年間で400枚近くの作品を手掛けます。
素晴らしいジャズレコードのジャケットを手掛けておきながら、本人はクラシック音楽が好きで、貰ったアセテート版を売っては、クラシックのレコードを買っていたという、面白い人でもあります。
50年代~60年代前半のブルー・ノートは、4人のキーパーソンによってつくられていました。
社長で、コンセプトやアーティストの手配まで手がける総合的なプロデューサーの、アルフレッド・ライオン。
副社長で、財務とアーティストのジャケット写真を手掛ける、フランシス・ウルフ。
ライオンのイメージする、クリアなピアノ、パワフルなドラムなどのサウンドを創りあげる、天才エンジニア、ルディ・ヴァン・ゲルダ―。
そして、デザインを一手に手掛けるリード・マイルズ。彼らによって「ジャズ」の音楽とイメージが濃密に創られたと言えると思っています。
リード・マイルズのブルー・ノートジャケットの特徴は、「クールネスとスピード」と思っています。つまり、ジャズそのもの。
そんな彼の特徴が表れていると思うジャケットを見ていきましょう。
デザイナーとしてすぐれている作品というよりかは、私が「ジャズ」を感じるかどうか、で選んでいます。アーティストの写真を撮ったフランシス・ウルフの良さも含めて、総合的なイメージで好きなものです。
ジョン・コルトレーン『ブルー・トレイン』(1957)
このポピュラーな名作は、ジャケットも美しい。唇と後頭部に手を当てたコルトレーンの瞑想的な表情。そして、深い青と、端正なタイポグラフィが見事に調和して、漆黒の夜の雰囲気を出しています。
フレディ・ハバード『オープン・セサミ』(1960)
ハバードの、ぴんと伸ばされた指の美しさ。そして、ここしかない、というタイトルとアーティスト名の場所。
ちょっといなたい感じが、後年親しみやすい作風になっていくハバードの音楽性をも予見しているかのようです。
ドナルド・バード『フュエゴ』(1960)
これも口元にあてた手が美しい。ちょっと、とぼけたような、メランコリックなバードの表情が、赤く染まった全体と黄色いタイポグラフィで、不思議な浮遊感を醸しています。それで、中身はファンキーな傑作というギャップがまたいい。
グラント・グリーン『フィーリン・スピリッツ』(1962)
熱狂と恍惚のギタリスト、グリーンが有名ゴスペルを取り上げた名盤。このポーズをして決まるのは、グリーンくらいでしょう。
それをクールな青緑で包むのが、まさに彼のジャズそのもの。赤を交えたタイポグラフィを添えて、ポップな後味もあります。
リー・モーガン『サイドワインダー』(1964)
ここからは、ウルフの写真だけでなく、デザインが前面に出ているものも。このジャケットは、下の余白が素晴らしい。モーガンの写真、シャープでタイトにまとまったタイポグラフィ、余白で三等分され、どこか清潔感があります。
フレディ・ハバード『ハブ・トーンズ』(1962)
マイルズの傑作デザインの一つ。黒いバーが一本へこんでいる様は、ピアノの黒鍵やトランペットのヴァルブを連想させます。タイトルとアーティスト名の置き場所もぴったり。
シンプルで即興的。クールな美が「聴こえて」きます。
ソニー・クラーク『クール・ストラッティン』(1958)
この、日本でも人気の大傑作のジャケットは、実はウルフの写真ではなく、マイルズによるもの。
タイトルは決まっていてもアイデアが出ず、昼休みに外に出たところ、思いついて、彼のアシスタントの女性が歩いているところを、撮りました。
都会的に洗練された写真に乗る、ポップに踊るタイポグラフィの並びもいい。「クールに気取って」というタイトルにふさわしいイメージです。
ハービー・ハンコック『処女航海』(1965)
アーティスト写真が中心のウルフと違って、マイルズが手掛けたジャケット写真は、モーション・ショット中心。素晴らしいスピード感があります。
海をテーマにしたこの作品。今まさに漕ぎ出そうとするスピード感と爽やかさ。それが上半分の明るい黄緑色のラベルで強調されています。
中身の音楽と同様、50年代~60年代初頭のジャズの雰囲気とは違う、新しい時代のジャケットです。
ウェイン・ショーター『ナイト・ドリーマー』(1964)
クレジットはウルフですが、マイルズの写真ではないかと言われている作品。
凄まじくぶれた夜の街路の光の動きと、幽霊のように不気味な人物の影。そこにシンプルなタイポグラフィが添えられる。
魔術的な雰囲気と同時に、デジタルな匂いもあります。これまた、50年代の夜とは違う感触です。
優れた職人は時代の雰囲気を捉えることができますが、そうした新しい空気感がどこか滲み出ているような作品です。
ジャズがそれほど好きでもないのに、これ程マイルズが素晴らしいジャケットを作れたのは、ちょっと不思議な気もします。
勿論、優れた技量があることは間違いありませんが、彼の中で距離感を持っていたのが、よかったのかもしれません。
ジャズのべたべたせず、クールな質感と熱狂が同居している音楽性。それを冷静な目で彩ることで、マイルズの中に眠っていた才能もまた色づいた気がするのです。
このような、音楽とデザインの幸福な共鳴は、ジャズ以外の様々な音楽にもあるでしょう。そんな一面に注目してみると、より音楽も輝いて聴こえてくるかもしれませんね。
今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイでまたお会いしましょう。
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