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色のすべてを音楽に -モンドリアンの絵画の楽しみ


 
 
【月曜日は絵画の日】
 
 
抽象画というのは、具象でない分、とても感覚的なものであり、絵画というジャンルから、ある意味はみ出る力を持っているように思えます。
 
赤青黄の直線と四角が交錯するモンドリアンの絵画は、今でもそんな力を持った抽象画の一つです。


ピート・モンドリアン




ピート・モンドリアンは、1872年、オランダ生まれ。家庭は、厳格なキリスト教の一派、カルヴァン派でした。アムステルダムの美術アカデミーで絵画の勉強をしたのち、印象派やスーラの点描にも影響を受けて、絵を描き続けます。
 

『月夜のガインの風車』
アムステルダム国立美術館蔵
1905年頃、初期の印象派風作品


30代の時に展覧会で観たキュビズムの絵画に感銘を受けると、1912年には40歳でパリに出て、キュビズムを吸収。家庭の事情でいったん帰国すると、第一次大戦でパリに行けなくなり、オランダで活動。
 
その間に、若い芸術家と知合って思索を深め、雑誌『デ・スティル』に参加。その後、1920年代にはパリに戻り、抽象表現の重要さを説く「新造形主義」を提唱します。
 
「コンポジション」と題する、赤・青・黄の三原色に黒と白の直線から構成された、モンドリアン独自の抽象画が完成。アメリカのコレクターを中心に少しずつ作品も売れるようになります。
 

赤・青・黄のコンポジション
チューリヒ美術館蔵


戦争を避け、1938年にはロンドン、1940年にはニューヨークに。しかし、作品は軽やかさを増し、晩年までその鮮やかな抽象画は変わりませんでした。1944年、71歳で亡くなっています。




モンドリアンの絵画の素晴らしさは、何と言っても、その色彩構成の妙でしょう。
 

『赤・青・黄・黒のコンポジション』
デンハーグ美術館蔵


赤と青と黄だけで、これほど明瞭な画面が出来上がる凄み。初期の「コンポジション」は、鈎型の細かい黒の線で区切られた、どこか神経症的なモザイク模様になっていますが、20年代以降は、大胆に区切られ、非対称で不規則な形が連なり、整然とまとまっています。


『楕円形のコンポジションⅠ』
ニューヨーク近代美術館蔵
1914年頃の初期抽象画




それは色彩がリズムをもって並んでいるようです。彼の絵画にはどこか音楽的な香りがある。
 
音楽というのは抽象的でありつつ、感覚を直接刺激するものです。

美術評論家ウォルター・ペイターは評論『ルネサンス』の中で「あらゆる芸術は音楽の状態に憧れる」と書きましたが、音楽が持つ、規則と不規則が交差するリズムと、言葉や物語を排した力強い快感を、絵画というフィールドで持っているのが、モンドリアンの絵画に思えます。
 
本人も社交ダンスが大好きで(すごく下手だったとのことですが)、アトリエの作品の前で踊りだしたりするくらい、音楽が大好き。渡米後の作品タイトルに『ブギ』と名付けたりしています。

その画面は、どこか楽譜のような、音楽を再現する抽象的な記号にも見えてくる。彼の活動には、様々な意味で音楽的な要素が溢れているのです。


『ブロードウェイ・ブギ・ウギ』
ニューヨーク近代美術館蔵




そして、彼が面白いのは、終生キャンバスの絵画にこだわり続けたことでしょう。
 
これほどの抽象表現なら、布や工芸品等、デザインの分野に手を染めてもおかしくないのに、そこへの志向が本人には全くありません。
 
事実、デザインとして強い力を持っていることは、イヴ・サンローランの「モンドリアン・ルック」のドレスに明らかです。彼の「名画プリント」シリーズで、この作品が圧倒的な知名度を持っているのは、元の作品がそもそもデザインとしての意匠をまとっているからでしょう。
 

サンローランの
モンドリアン・ルック・ドレス


モンドリアンが提唱する「新造形主義」は、あくまで絵画の平面で、絵画表現をより削ぎ落して、純粋なものにしていくことです。

彼は、抽象画の作品が売れない時には、印象派風の花の水彩画をこっそり描いて売っていたという、涙ぐましい?努力をしていたと言われていますが、そこまでして絵を描きたいという熱意の方が興味深いです。
 
そこには20世紀のモダニズムの夢と、厳格なカルヴァン主義という、彼の出自の両側面が見える気がします。


『ニューヨーク・シティ』
ポンピドゥーセンター蔵


20世紀初頭のモダニズムは、様々な分野で展開されましたが、大雑把に言えば、あるジャンルの表現を極限まで洗練させ、今までになかった色彩、響きに到達しようとする側面を持っていました。
 
ジェイムズ・ジョイスの、驚異的な言葉遊びによる異様な文体の小説。シェーンベルクの透徹した響きの十二音技法の前衛音楽、そしてモンドリアンが衝撃を受けたキュビズムの形態と色彩。
 

ジョルジュ・ブラック
『ヴァイオリンと燭台』
サンフランシスコ近代美術館蔵
キュビズムの代表的な画家の作品


それは20世紀の若々しい芸術運動であり、今思うと、19世紀ヨーロッパから続く進歩史観のある種の到達点とも言えます。モンドリアンがあくまで絵画のジャンルの中で、今までにない絵画を創ろうとしたのは、そうしたモダニズムの洗礼を受けていたからのように思えます。




モンドリアンは、実はピカソよりも9歳年上で、モダニストとしてはかなりの遅咲きです。逆に言えば、それだけキュビズムの衝撃は、強かったということなのでしょう。
 
40歳過ぎても自分の表現が固まっていなかったというより、長年片田舎で絵を描いて、何かしっくりこなかったものが、モダニズムというスイッチによってかちっとはまり、抽象絵画として爆発したような感触です。

だからこそ、運動の中心にいなくとも、マイペースに独自の作品を創れた。その意味でモンドリアンは、幸福なモダニストの一人でした。


『ヴィクトリー・ブギ・ウギ』
デンハーグ美術館蔵


そして、あらゆるものを削ぎ落して、シンプルにするところには、彼の生まれのカルヴァン派的な、禁欲主義もこだましているように思えます。
 
赤青黄の三原色に黒い線と白い余白の、直線の構成だけで、豊かな作品を創れる、創ってみせるという発想。

そこに、職業は神から与えられたものだから、それを磨いて自分の務めを果たすことが善であり、勤勉を美徳とし、禁欲的な生活こそが真の豊かさに到達できるというような、ピューリタン的な信仰のようなものを感じます。
 

『タブローⅠ』
デンハーグ美術館蔵


おそらくそうしたものが、絵の具が乱舞するポロックや、色彩が巨大に膨れ上がるロスコのような抽象画家にはない、研ぎ澄まされて清潔でありながら、豊かな音色を持つモンドリアン独自の絵画を創りあげたように思えるのです。




優れた芸術とは時代の影響や自分の環境の中の気質が混ざり、ある日何かの歯車が全て噛み合い、今までにない新しい美を出現させるものです。
 
モンドリアンが生涯追求した抽象絵画は、後世に影響を与えつつ、音楽のように踊りだす色彩によって、今なお新鮮に美を与えてくれる作品のように思えるのです。
 



今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。


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