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クラシカルな明晰さ -ピーター・サヴィルのデザインの魅力


 
 
私が好きなデザインというのは、すっきりとしていて、清涼感があるものです。勿論、派手で華やかなアートも大好きなのですが、自分の身の回りにあるものは、シンプルで落ち着くものが欲しいとも思います。
 
ロック・バンド、ジョイ・ディヴィジョンやニュー・オーダーのジャケットで知られるピーター・サヴィルのデザインは、そのエッセンスが私の波長に合うような、私にとってある種理想的なデザインの一つです。




ピーター・サヴィルは、1955年、イギリスのマンチェスター生まれ。アートスクールで学ぶと同時に、テレビ司会者トニー・ウィルソンが主宰し、マンチェスターを拠点に活動するファクトリー・レコードの専属デザイナーとなります。
 

ピーター・サヴィル


1979年のジョイ・デヴィジョン『アンノウン・プレジャーズ』のジャケットで一躍話題になります。
 

ジョイ・ディヴィジョン
『アンノウン・プレジャーズ』
ジャケット


ケンブリッジの百科事典からとったという、電磁波を発する天体からの無線パルスの波形写真。モノクロの硬質な感触は、テクノにも影響を受けた冷え冷えとした音楽性と、暗く張りつめた歌詞が同居するバンドの音楽を見事に捉えています。
 
そして、1980年のジョイ・ディヴィジョンのアルバム『クローサー』は、私の一番好きなジャケット。
 

ジョイ・ディヴィジョン『クローサー』
ジャケット


地下の墓地で嘆く女性の、古の石版画を思わせる白黒写真に、端正なタイポグラフィが載ります。
 
この写真はフランスの写真家のベルナール・ピエール・ウルフが墓にあったレリーフを撮ったもの。そして、紀元前2世紀に使われたという、今まで発見されている中で最も古いアルファベットのタイポグラフィを使い、シンプルで、敬虔な雰囲気を纏っています。
 
アルバム発売の直前、ジョイ・ディヴィジョンのボーカルで、全ての詞を書いていたイアン・カーティスが自殺し、奇しくも追悼盤となりました。




サヴィルの主にファクトリー・レコードでのジャケットの特徴を一言で言うと、明晰さだと思っています。
 
古典的な彫刻や建築が持つ、明晰で飾り気のない優美さ、シンプルさのエッセンスが詰まっている。ニーチェが『悲劇の誕生』で論じた「アポロン的なものとディオニュソス的なもの」で言えば、サヴィルの嗜好は、シンプルで明快なアポロン的なものです。
 

モノクローム・セット『ストレンジ・ブティック』
ジャケット
エキゾな異色バンドの名盤
レーベルはラフ・トレード


華やかで力感に溢れ、装飾的で酩酊と陶酔を誘うディオニュソス的なもの(例えばアール・ヌーヴォーのデザイン)とは一線を画す明晰さ、クールさです。
 
そして、それはテクノロジーとも結びついています。
 
カーティスが亡くなった後のメンバーで再出発したニュー・オーダーのシングル『ブルー・マンデー』は、当時最先端だったフロッピー・ディスクを模したデザインで、同時に古代の墓碑のような感触もあります。
 

ニュー・オーダー『ブルー・マンデー』
ジャケット(シングル)


また、横にはカラーコードバーがあり、無機質でありつつ、味気なさに陥らない色彩感がある。ちなみに、このカラーコードは、アルファベットに対応しており、解読するとレーベル番号とタイトルが分かります。
 
ニュー・オーダーのアルバム『権力の美学』では、フランスのプレ印象派の画家アンリ・ファンタン・ラトゥールの花束の油彩画に、このカラーコードバーがついています。華美ではない抑制されたトーンの絵画に、デジタルな香りをほんのりと添えて、より清潔感を引き立てている。

 

ニュー・オーダー『権力の美学』
ジャケット


デジタルやテクノロジーのテーマをデザインに入れると、キッチュで、奇抜で、レトロなものになりがちですが、そうしたある種のクリシェから逃れているのです。




古典芸術というのは、どの国のものも大抵そうですが、シンプルに削ぎ落され、人間の諸相と別の、神秘に触れる秘教的なものになります。
 
電波写真、古代の墓の写真、フロッピー・ディスク、静物の油彩画。サヴィルはこうしたアポロン的な古典のエッセンスをもつビジュアルを選択し、デジタルな質感を施すことで、どこか人知を超えた太古の神話が持つ神秘的な感触を手に入れるように思えます。
 
そうすることで、現代のありふれた日常のテクノロジーの中に潜む、太古の美を露わにするような面もあるように感じるのです。


ニュー・オーダー『ブラザーフッド』
ジャケット
文字を刻印したチタンプレートの写真




その意味では、サヴィルのデザイン感覚というのは、一種のエキゾチカであり、同時に大衆芸術でもあるように思えます。
 
彼がイギリスのアートスクール出身であり、同時に、セックス・ピストルズらのパンク・ロックに影響を受けた世代というのは非常に大きいでしょう。
 
戦後イギリスのアートスクールというのは、パブリックスクールから大学に進学しない労働者階級の、尖ったセンスを持つ若者の行き場のような面がありました(ちなみに、ビートルズのジョン・レノンはアートスクール出身です)。
 
パンク・ロックの影響は様々にありますが、DIY精神と、メインストリームの華美な装飾を排した、原始的な衝動の発露という面で、後世に与えた影響はやはり大きかった。
 
セックス・ピストルズ本家のファッションはマルコム・マクラーレンやヴィヴィアン・ウエストウッドによって「反抗」を周到に計算された側面があるのですが、パンク第二世代のニューウェーブになってくるとそうしたラウドな感覚とは線を引いて、音楽的にもデザイン的にも静寂を志向する面が出てくる。
 
労働者階級の人々が手にとりやすいレコードで、現実とは違う、古典的な清潔さを持ったビジュアルを、日常に添える。それは、真に大衆のための古典芸術だと感じます。


ジョイ・ディヴィジョン
『Love Will Tear Us Apart』
ジャケット(シングル)




それゆえに、彼のデザインは、決してスタイリッシュではない。パリコレに出る服を毎日着たいと思う人は少ないでしょう。
 
でも、騒々しい日常から離れた、どこか古典的な神秘のエッセンスを、生活に取り入れたいと願っている人はいるはず。
 
私にとって印象派の絵画とはパンクでした。だって、あの絵画は私の日常とは違っていてそれでいて、貴族の生活よりも自分に近く、しかも遠い場所なのに懐かしいような神秘に満ちていた。どんな過激な叫びよりも、自分の求めるものに合っている気がした。
 
そうした、日常的でクラシカルな味わいを持った芸術の血を、サヴィルのアートは受け継いでいるように思えるのです。


『ベスト・オブ・ジョイ・ディヴィジョン』
ジャケット




ちなみに過去、サヴィルはユニクロとコラボしたことがあって、Tシャツをデザインしていました。そのお題は「ルーブル美術館」。
 
彼のデザインは、ルーブルの所蔵品の写真に、それぞれの作品のカタログ番号のタイポグラフィが添えられるという、彼らしい特徴が出たものでした(私も一着買いました)。
 

ユニクロHPより


彼が様々な古典のエッセンスを繋ぎ合わせて創り出したその美は、こうした場所で日常に広がって、多くの人々の生活の精神面を豊かにし、次世代に引き継がれていく。それもまた、私が芸術を愛する一つの側面です。
 
 


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