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愛のあでやかな模様 -クリムト『接吻』の魅力
【月曜日は絵画の日】
クリムトの絵画『接吻』は、他に並ぶことのない独自の表現を持った名作です。あの画面の半分を占める金箔と模様は、西洋美術は勿論、日本の屏風絵とも、異なった質感があります。
と同時に、ここには、「愛と性」というある種の普遍性もあります。不思議な独自性と、普遍性の組み合わせによって、時代を超越した名作になっています。
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オーストリア国立美術館蔵
グスタフ・クリムトは、1862年、ウィーン郊外生まれ。14歳で、工芸学校に入学しています。ここで古典的な絵画の教育を受けたこと、そして、クリムト自身かなり優秀な腕前だったことは、後々大きな意味を持つことになります。
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卒業後、弟と共に、美術やデザインを請け負う事務所を始め、ウィーン市から、劇場や美術館、ウィーン大学天井画等、装飾や絵画の仕事をとっています。
1897年には、保守的なウィーンの芸術の風潮を嫌う芸術家集団「ウィーン分離派」の一人として、結成に名を連ねます。金箔を多用した独自の表現が花開くのもこの頃です。『接吻』は1908年に完成しています。
しかし、1910年代、第一次世界大戦前後になると、そんな華やかな表現もやや薄れ、暗く内省的な作品が増えるようになります。
1918年、脳梗塞と肺炎の合併症により、55歳で死去しています。
異なった質感、と書きましたが、クリムトの金箔の表現には、いわゆるジャポニズムの影響もあるでしょう。彼自身、熱心な愛好家であったようです。
彼がスタートの時点で、工芸学校で学んでいたことも大きいです。印象派なら、油彩だけのところを、琳派の屏風絵のような金の背景にしてしまうのは、絵画ではなく、装飾的な発想の持ち主でないと、なかなかできないことでしょう。
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MOA美術館蔵
と同時に、「にもかかわらず」、クリムトが古典的な絵画を描けることが、彼独自の味を出しているように思えます。
初期の絵画を見ると、その甘美なまでの肖像の美しさと、繊細さに驚きます。なんなら、この作風のままでも人気になったでしょうし、後世にも(今ほどでなくても)ある程度は、作品が残りそうです。
その古典的な基礎が、装飾の中の、彼独自の甘美な味を引き立てています。
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オーストリア国立美術館蔵
そして、見る人が驚くのは、彼の風景画でしょう。
金箔を使わないその風景画は、木々の葉が信じ難いほど細かく描かれ、まさに装飾のような記号的な表現になっています。
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個人蔵
興味深いのは、彼がウィーン分離派の展覧会で演説をする際、こんなことを言っていることです。
ウィリアム・モリスの言葉によれば、たとえどんなにささやかなものでも、完璧に仕上げてあれば、この世の美しさに貢献するのです。そもそも文化の発展というのは、芸術的な意識が生活全般に浸透することを前提条件としているのです。
アーツ・アンド・クラフツ運動によって、植物的な文様を使って美的な家具や装飾を創ったイギリスのウィリアム・モリスに言及するのは、豪奢なクリムトの作風からすると、意外な気もしつつ、クリムトが装飾出身であることも考えると、実はそれ程突飛なことではないのかもしれません。
彼の細かい風景画も、ウィリアム・モリス的な、記号的装飾の発露と考えると納得がいきます。
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『接吻』が素晴らしいのは、こうしたクリムト独自の表現が全て同居していることです。
華やかな金箔は、画面から奥行きを奪い、装飾画に近くなります。
地面の草は、風景画の表現と同様の細かさ。金箔に包まれる男女は、女性のシルエットには、丸い文様、男性には四角い模様と、フレキシブルな記号表現でまとめ上げる。
そして、その間からのぞく、恍惚とした女性の顔と男性の逞しい手の美しさは、古典主義的な甘美さがあります。
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再掲
他のクリムトの絵画で、時折どきついまでに前面にでてくる性の匂いも、ここでは仄めかされるくらいです。
二人は崖の上で、女性の足は既にはみ出てしまっている。
愛のある種の盲目性と危機を予兆しているような、分かりやすい表現になっています。複雑な謎めいた意味はここにはあまりないでしょう。
そうしたクリムトの特徴が非常によく出て、しかも分かりやすい普遍性を勝ち取っているからこそ、後世に残ったと言えるはず。
気力が一番充実した時期に、持てる全てが発揮された絵画が代表作になった、幸福な芸術家の一人でもあります。
しかし、改めて気になるのは、彼の表現をなす要素が、決して溶け合っていないことです。
金箔と記号と、古典的な人物画。それらがばらばらのまま組み合わさっています。金箔は人物を象ったりすることなく、あくまで装飾や背景に使われるだけ。甘美な人物の絵は、華美で強烈な装飾の海で溺れているような感触があります。
そうしたバラバラの表現を繋ぎ留めているのが、性の恍惚と死の恐怖、つまりエロスとタナトスだというのは象徴的です。
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オーストリア国立美術館蔵
そんな絵画に、彼が生まれたオーストリア帝国の状態を重ねてしまいます。
かつてのハプスブルク帝国の華やかな栄光を持ち、現在のオーストリアだけでなく、ハンガリー、ポーランド、イタリア、スイスのそれぞれ一部まで支配した、広大な帝国。
しかし、内実は、それらの民族が「溶け合うことなく」、それぞれの火種を抱え、やがて第一次大戦の敗戦によって、解体されます。
そうなる前の世紀末のウィーンは、過去の栄光の残照を懐かしみ、現在を忘れるかのように、陽気で享楽的、退廃的な空気が蔓延しました。ヨハン・シュトラウスのオペレッタ『こうもり』の世界です。
そして、フロイトがエロスとタナトスを基調とする、精神分析を確立したのも、この時期でした。彼のヒステリー患者は、性的に抑圧されたウィーンの上流階級の人々でした。
様々な場面で今にも崩壊しそうな抑圧と暴発を抱えながら、それでも表面は何とか華やかにまとめられている。そんな時代の、危うい空気感をも内包しているからこそ、『接吻』はただ単に分かりやすいだけでない、深みのある名作となったのでしょう。
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『『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I』
ノイエ・ガレリエ蔵
オーストリア帝国の解体が近づくにつれ、クリムトの絵画から黄金模様はなくなり、どこか色彩の奔流に全体が溶けていくような感触になります。
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プラハ国立美術館蔵
それはギリギリの緊張状態が消えていく過程でもあるのでしょう。その直前の『接吻』の熟れ切った表現は、甘美さと崩壊と死の予兆をも含んでいます。
それはつまりは、私たちの人生の中で燃える、愛の一面でもある。
そんなことを思いつつ、名作を様々な面から味わうのも、美術鑑賞の喜びの一つでしょう。
今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイでまたお会いしましょう。
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