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香り高い異国の果実 -ハード・バップ・ジャズの魅力


 
 
【金曜日は音楽の日】
 
 
ジャズの中で、アーティスト単位ではなく、どんな時代・流派・ジャンルが好きかと聞かれると、私はハード・バップだと答えると思います。
 
ジャズの歴史の中でも、百花繚乱の美しい響きを持ち、キャッチ―なメロディとアドリブがバランスよく溶け合った一時代の音楽です。




ジャズは、アメリカのニューオーリンズで生まれ、初期は、エキゾチックなバンド音楽でした。
 
それが発展し、1930年代末くらいまでジャズとは、デューク・エリントンからベニー・グッドマンに至るビッグバンドとルイ・アームストロングに代表される少人数のコンボが同居する、合奏とソロのアドリブの混ざった「スウィング」という流行音楽だったと、物凄く乱暴にまとめると、言えるかと思います。
 
そこに革命を起こしたのが、「バード」ことチャーリー・パーカーでした。
 
パーカーは、曲を新奇なコード進行で解体し、火のようなインプロヴィゼーションで音楽を燃やして飛翔する。最早、踊れるスウィングとは違う「ビ・バップ」の誕生です。
 


勿論今聞いても凄まじい音楽なのですが、ある種の情緒や香気をも燃焼させるため、どこか機械的で乾いた感覚を覚える人もいるかと思います。パーカーは間違いなくジャズ史上五指に入る重要人物ですが、その割に人気はない気がするのもそのせいなのではと感じています。




そんなパーカーの「ビ・パップ」はしかし、ジャズをスウィングから解き放つ重要な役目を果たしました。
 
そして、マイルスやウェスト・コーストのチェット・ベイカーらが、知的なクール・ジャズを志向するのとコインの裏表のように、より親しみやすいテーマを持ち、熱くストレートに感情をアドリブで迸らせる、「ビ・バップ」の発展形のような音楽が生まれます。それが「ハード・バップ」です。
 
マイルスのアルバム『ディグ』辺りから始まり(とはいえマイルス自体はすぐにもっと静寂を志向していきます)、何と言っても1954年のアート・ブレイキーのライブ盤『バードランドの夜』での熱気に満ちたアンサンブルとパワフルなインプロヴィゼーションが、新しく輝かしいジャズの誕生となりました。
 
ブレイキーが結成したジャズ・メッセンジャーズによる『モーニン』も大ヒット。日本でも「蕎麦屋の出前持ちの小僧が吹いていた」という伝説がある程、1950年代後半から60年代初めにかけて「ハード・バップ」は興隆を極めました。
 



この頃のブルー・ノートの1500番台のレコードが、ハード・バップ名盤揃いであったり、クリフォード・ブラウンのようなスターと実力派が綺羅星のように出てきたりしたのも特徴。
 
そして、テーマやアドリブを含めた音楽全体が、ふくよかな響きを持って、どこか妖しいエキゾチックな香りと味わいが漂っているのも魅力の一つです。そんな中でも私の好きな5枚のアルバムを挙げてみましょう。多分王道の作品です。




ソニー・ロリンズ『サキソフォン・コロッサス』(1956)
 


ジャズ史上の大名盤。野太いロリンズのテナー・サックスのアドリブの快感は勿論、一曲目の『セント・トーマス』では、カリプソを取り入れ、心地よい南海の風が感じられるのが素晴らしい。ジャズ評論家の油井正一が言ったように「ジャズはラテン音楽」というのが実感できます。




クリフォード・ブラウン『メモリアル・アルバム』(1956)
 
ブラウンで好きなのがこのアルバム。何と言っても、名曲『ベラローザ』が入っているから。
 


都会的で陽気な好青年が吹く口笛のような、明るさとほんの少しの哀愁が混じったメロディ。ブラウンのトランペットは一点の曇りもない透明な響きで、ガラス玉を転がすようなアドリブを添え、さらっと奏でます。

『ヒム・オブ・オリエント』(東洋賛歌)なんていう曲もありますが、変わったメロディでも暗さや停滞感がないのが、この天才の魅力でしょう。




リー・モーガン『Volume.3』 (1957)
 
そのブラウンが交通事故で28歳で悲劇的に亡くなった後に台頭したのが、まだ18歳だったモーガン。『クリフォードの思い出』での、トランペットによるあまりにも深い嘆きは、年齢を超越した素晴らしさ。


そしてこの盤はジャズ・メッセンジャーズの音楽監督だったベニー・ゴルゾンがアレンジをしているのも、好きな理由の一つ。彼の手腕が発揮された『ハッサンの夢』は、フルートを交えて、古代オリエント風のお香を焚きしめるような、驚くべきエキゾ感に溢れています。




ハンク・モブレー『ロール・コール』(1960)
 


モブレーの中でも、ハード・バップの勢いに満ちた傑作。彼の書く曲は都会的で親しみやすく、それでいてダサくはならない。薄味の異国情緒のようなものがあって、彼のまろやかな響きのテナー・サックスにぴったり合っています。




ホレス・シルヴァー『ソング・フォー・マイ・ファーザー』(1964)
 
ハード・バップとしては末期で、59年の名盤『ブローイン・ザ・ブルース・アウェイ』等でのファンキーなシルヴァーのピアノに比べると、やや落ち着いた響きがあるけれど、その分濃縮された南国の果実の果汁のような、後を引く強烈な後味を残す傑作。
 


ヒットしたタイトル曲のいなたいメロディもいいけど、『カルカッタ・キューティー』の夜更けの妖しい鳥の鳴き声のような、静寂の中の異様な響きは、他にはない味わいです。




ハード・バップは、パーカーが蒔いた種が見事に育ち、香り高い果実になった音楽でした。それはつまり、爛熟して腐りかける寸前の芳香でもあったわけで、ジャズというジャンルの、一つの完成形でした。

そして、その時代の空気感が持つ輝きやマジックのようなものがあるため、音楽的に真似できても、再現ができない部分があります。
 
それゆえか、60年代後半以降のハービー・ハンコックやウェイン・ショーターらの「新主流派」や、マイルスやフリー・ジャズのように、現在に続くジャズや他の音楽ジャンルに影響を与える部分は、実は少ないように思えます。
 
あるジャンルの黄金時代、最盛期とは、そんな孤高の美しさを持つものでもあるのでしょう。

それはパーカーという炎の後で再生し、様々なエキゾチズムを吸収して、奇しくもジャズの生まれ故郷、ニューオーリンズのような熱気に満ちた闇に還りつつ、その闇をどこにも存在しない異国の甘い香りに包んで広げる音楽。
 
是非そんなジャズ爛熟期の音楽を体験いただければと思います。



今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。


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