見出し画像

笑って泣ける小説

 世の中、泣ける本(小説・エッセイ・漫画)は枚挙にいとまがありません。「泣ける」に比べると少ないと思いますが、笑える本もたくさん挙げることができます。ところが両者のハイブリッドである笑って泣ける本は稀少です。
 私が出会った、数少ない笑って泣ける小説のうちのひとつ浅田次郎の「プリズンホテル」(集英社文庫)を紹介したいと思います。笑いのツボや泣けるツボは人によって違うもの。以下に挙げる私の笑いと泣きのツボを参考にしてください。

笑いのツボ

 笑える小説は筒井康隆の「エンガッツィオ司令塔」(文春文庫)収録の「乖離」、エッセイは原田宗典の「東京困惑日記」(角川文庫)あたりがツボです。アカウント名に"ngk"(なんばグランド花月)を入れるくらい漫才・コントも大好きです。
 最近流行のSNS由来の笑い話は、SNSに載せる段階でコンプラ違反を回避するために忖度しているためか心の底から笑えません。

泣きのツボ

 泣ける漫画だと谷口ジロー「犬を飼う」、番組だとNHK「病院ラジオ」や「プロジェクトX」、小説は問題を抱えた子供やリストラ会社員のビルドゥングスロマン(成長もの)です。
 余命なんちゃら系のフィクションは読んだことがありません。

プリズンホテルは笑って泣ける小説

 浅田次郎の『プリズンホテル』は全四巻のシリーズで、「夏」「秋」「冬」「春」という季節ごとのタイトルがついています。最初に読んだ「プリズンホテル」は徳間書店発行で副題「夏」はついていませんでした。帯には「超大型新人の最高傑作」とあるように浅田次郎の出世作でもあります。

 物語の舞台は、ヤクザの大親分が経営する「あじさいホテル」。ここは、任侠団体が集うホテルで従業員もクセ者ばかりです。地元での通称は刑務所ホテル=プリズンホテル。
 主人公は、偏屈で問題行動を繰り返す売れっ子作家。この作家は、たとえば1分遅刻しただけで愛人に暴力を振るうといった、今なら完全にアウトなキャラクターです。そんなホテルに、人生に悩みや挫折を抱えた一般の人々が、普通の旅館(あるいはプリ”ンス”ホテル)だと勘違いして宿泊してしまうことで数々の笑いが生まれます。
 小説で描かれるのは、主人公の作家がホテルの人々や宿泊客と交流しながらお互いに成長・変化していく姿です。荒々しいヤクザと屈折した一般人が心を通わせ、互いに変わっていく姿に、読者は笑い、涙することでしょう。
 とある事情で子供のまま心の成長が止まってしまった主人公が、全四巻を通して少しずつ成長していきます。勘違いによる爆笑と、主人公、ホテルの従業員、宿泊客のビルドゥングスロマンが絡み合って構築する笑って泣ける小説の私的最高傑作です。自分が一番好きなのは「冬」の巻の雪原のシーンです。

もっと笑って泣ける小説と漫画、エッセイを読みたい

 笑って泣ける小説として他には荻原浩の「なかよし小鳩組」(集英社文庫)。笑って泣ける漫画だとアルコ&河原和音の「俺物語!!」(集英社:マーガレットコミックス)がおすすめです。
 小難しいノンフィクションばかり読んでいるので小説の紹介をするには力不足ですね。良質の笑いと涙の小説、エッセイ、漫画にもっと出会いたいものです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?