「魔法のスパイス」 (ほぼ無料記事)
AさんとBさんは、某レストランチェーン店の社員だった。同期入社で、二人とも料理の技術は同等で、商品への知識や接客のスキルなども同じレベルだった。
二人はそれぞれにお店を任せられるようになった。
Aさんはホクホク駅前店へ。
Bさんはフワフワ駅前店へ。
ホクホク駅もフワフワ駅も、1日の乗降者数は同じくらいで、特にライバル店となりそうな、競合他社もなかった。
オープンしてからしばらくは、Aさんの店もBさんの店も、ほぼ同じ売り上げだったが、しばらくすると売り上げに差がつき始めた。Aさんのホクホク駅前店の方が売り上げが高いのだ。
特に立地や人の流れなどが変わったわけではない。チェーン店なので、同じメニューだ。
周りは不思議に持ったし、何よりBさんが一番納得いかなかった。
「おかしい!俺も同じことを同じようにやってるはずのに!なんでだ!」
二人の1日は、ほぼ同じでした。朝出勤して、肉や魚、野菜の仕込みをして、ランチを営業をして、再び仕込みをして、夜の営業をし、終わったら翌日の仕入れや仕込みのスケジュールを立てる。
BさんはAさんに負けたくない一心で、スキルを磨きました。Bさんのお店は料理提供が早くなりました。仕入れコストを削減し、価格も少し値下げして、新規客を得る工夫をずいじょにこらします。しかし、売上は相変わらずAさんのお店の方が高いのです。
AさんとBさんに仕事を教えて、両方の店をよく知る社長は、売り上げの違う理由がよくわかった。
ある日Bさんに社長は言いました。
「一体、どうして売り上げが違うかわかるかい?」
「さあ、ホカホカ駅の方が、人の流れが良いのでしょうか?」
Bさんが答えると、
「それはない。ここと同じだ」
と社長は優しく答えた。
Bさんは日々の天気や、仕入れ先や、考えつく限りの原因を考えて答えたが、社長はすべて「そうじゃない」と言う。
「さては、何か特別はスパイスでも混ぜているとか?」
「ははは。同じ材料しか使っちゃいかん。チェーン店だからね。味が違っては信用問題に関わる」
Bさんは考えても考えてもわからないので、いい加減イライラしました。
「一体、僕の何が悪いんですか!僕はスピーディーに仕事をこなし、一人でも多くのお客様に来てもらって、売り上げをあげて、新規獲得と、リピートしてもらえるように気を配ってます!ビジネス戦略も持っています!ビジネスマーケティングの勉強もしました!なのに売り上げが上がらないんです!Aのお店は回転はあまり良くないです」
「君はオーダーを取り、料理を出して、お会計をもらう。そうだね?」
社長が言いました。
「はい。そうです。それが仕事です。Aも同じです」
「Aさんは、オーダーを取り、料理を出して、お会計をもらっている」
「いや……。同じじゃないですか」
Bさんには意味がわからなかった。
「そう、同じだ」社長は言う。「目に見える部分は、同じだ。いや、むしろ君の方が仕事は早いだろう」
Bさんは褒められたと思って満足そうだった。
「ありがとうございます!日々、技術を向上させています」
「技術とは、なんだね?」
社長が言いました。
「え?技術?それは、料理の腕前や、接客や営業のスキル…」
Bさんが答えていると、
「その通りだ。しかし、わしが聞きたいのは、技術は“なんのためにある”のかを、君に聞きたい」
と社長が言った。
「え?なんのため?そうですね…。やはり、提供スピードが上がったり、サービスレベルの向上、管理業務の徹底で、売り上げを上げるため、ではないでしょうか?」
と、Bさんは答えた。
「そこが、君のお店の売り上げが上がらない理由だよ」
と社長が言った。
「納得できません!」
Bさんが言うと、
「しばらく、Aさんのお店を見学しなさい。お店は私がしばらくワシが預かろう。自分とAさんとの『違い』を見つけて、それについて考えなさい」
ということで、Bさんは渋々、朝から晩まで、Aさんのお店で見学をすることとなった。
AさんはBさんがいることに丁寧に対応はしたが、それで仕事上には特に気にする様子もなく、いつも通りに仕事をこなした。
Aさんは朝出勤して、仕込みをして、営業をする。
(なんだ、俺と同じじゃないか。それどころか、とにかく遅いなぁ)
Bさんは見ていてイライラしました。Aさんは料理を作るのも、盛り付けるのも、お客さんと接客するのも、何かと時間がかかるのです。
しかし、ひっきりなしにお客が来て、料理の時間が少しくらい遅かろうと、誰も文句を言うこともない。
「社長、わかりません。仕事は僕のお店と変わりません」
Bさんは夜にそう報告した。
「一体何が違うんですか?教えてください!」
「ワシが教えたら、それは君の学びではなくなる。君が君自身で見つけないと、君の学びではない。それは、生徒にカンニングをさせて、その点数で通信簿をつけるようなものだ。君はカンニングして取った点数が、自分の実力だと思うかね?」
そう言われるとBさんは何も言えなかった。
「ヒントをひとつあげよう。いいかい?目に見えるものだけで判断してはいけないよ。目に見えない部分をしっかりと感じるんだ」
感じる?目には見えない?
(魔法でも使ってるというのか?)
社長のアドバイスの通り、それからBさんはAさんの観察するとき、見るだけではなく、感じるようになりました。Aさんの魔法を探り当てようと。
(一体、何が違うのか…)
しかし、そうは言ってもよくわかりませんでした。目に見えないものを、どうやって見つけようとすればいいの。
Bさんは思い切って、普段の見栄とプライドを捨て、Aさんお店のスタッフに質問することにしました。Aさんに直接聞くのはNGでしたが、周りの人間に尋ねるのは許されていたのです。
休憩中に、アルバイトのスタッフに聞いてみることにしました。
「Aさんがこの店では売上のために一番大事にしていることはなにか?」
「え?」アルバイトは答えます。その質問そのものに、意外だったようです。「売上、ですか?そうですね…。あまりそういうことは考えてないと思います。売上は結果だって、Aさんは言ってました」
アルバイトは少し考えから、そんな答えを返した。
(売上のことを考えていない?)
Bさんにとってそれは衝撃でした。お店とは、売上を稼ぐことだと思ってましたし、仕事とは、お金を稼ぎ、自分を満足させ、成長させるものだと思っていのです。
そこから、Aさんへの観察眼をより一層深めたBさんは、あることに気づきました。
Aさんはすべての仕事に、「心」をこめていたのです。だから、遅く見えたのです。いや、時間的にはもっと効率よく、素早くすることはできます。しかし、あらゆる仕事に一つずつ丁寧に心を込めると、どうしてもそうなってしまうのです。
でも、その理由は明白でした。Aさんの目に見えない部分がわかりました。目に見える部分では、自分と全く同じ仕事をしていても、目に見えない部分では、まるで違うことをやっていたのです。
Bさんは自分のお店に戻り、社長に報告しました。
「社長!わかりました!Aさんは、お客さんの幸せのために働いているのですね!」
「ふふふ、ようやく気づいたかね。おめでとう」
社長はそう言って、お店を再びBさんに任せました。
「技術を磨くのは素晴らしいことだ。しかし、技術とは“心を伝える”ためにあるのだ。心あってこその商売であり、売り手と書い手が両方幸せになる事が大切だ。いつでも、お客さまの笑顔を忘れないように」
その後、Bさんのお店の売上は上がって行きました。
彼の意識は常に、売上の数値じゃなくて、目の前にいるたった一人のお客様に注がれていました。それまでは、目の前の人を見ず、人の払うお金や、そのための“やり方”ばかりを見ていたのです。
しかし、それが間違っていると、Aさんに教えてもらいました。丁寧に、そのお客様が一番幸せになれるように、最善を尽くすようになったのです。
時々、売り上げが上がらない日もありますが、満足そうなお客様の姿を見るだけで、Bさんは少ない売上でも幸せな気分になることができました。
Bさんが幸せな気分になることで、料理の仕込みもより丁寧になり、食事はさらに美味しくなり、お店の雰囲気は明るくなりました。
魔法のスパイスは、「心」だったのです。「喜んでもらいたい」、「幸せになってもらいたい」、という心。愛のスパイスなのです。
しかし、この魔法のレシピは不思議なことに、お客様も「舌」や「味覚」ではわかりません。魔法のスパイスは、心で“感じる”ものなのです。
もちろん、心で作る魔法の愛のスパイスは、『悪魔のスパイス』にもなります。「お金をしっかり払って、売上を取りたい」「安く利益をあげて、自分の周りへの評価を高めたい」というエゴイズムな心もあります。
しかし、かつてのBさんのお店が流行らなかったように、悪魔のレシピでは売上は仮にスピードが速くなったり、安くなったりして、一時的に伸びたとしても、「また食べたいな」とか「あの店に行くと癒されるんだよな」ってことはなく、リピーターが増えないのです。なぜなら、心で味わえないからです。
食事は、舌だけで味わうのではなく、心で味わうから、本当の美味しさがあるのですね。
終わり
あとがき
「一見同じことをやっていても、心次第でまるでそれは違ったものになるよ?」
という一文を説明するために、なぜか童話風、絵本風のストーリーになってしまった(笑)
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