連載小説「天国へ行けますか?」 #2
「ふーん、お前はじゃあ、人生の成功者ってわけか?」
こちらの続きです。
連載小説「天国へ行けますか?」 #2
「……ああ。俺はビジネスの雑誌にも載るくらい、事業を成功させた。もちろん、資産価値だけなら上を見ればキリがない世界だけど、少なくとも俺は自分は成功者だと胸を張って言える。死んでしまったのは残念とはいえ、上出来な人生だったと思う」
「そっかそっか。おめでとおめでとう!よかったなぁ〜」
兄は俺をからかうようにそう言って、またタバコを吸う。そういえば、あのタバコはさっきからずっと長さが変わっていない…。灰も落ちていない…。一体どうなっているんだ。
「じゃあ、俺はどうよ?」兄は煙を吐き出してそう言う。「お前から見たら、俺、つまり松島光一って人間の人生は、失敗か?」
言葉に詰まるが、しかし、答えは出てる。
「かかか!落伍者かぁ〜」
兄が、俺の頭の中を代弁した。
「ほうほう!社会のお荷物。親不孝者!自堕落!犯罪者!かかかか!お前らしいな」
兄は笑うが、俺は笑えない。
「犯罪者ってもよぉ、確かに大麻でパクられたのと、喧嘩でパクられたことあるけど、人殺したとか、そういうのはねえぜ?お前らが誤解しまくりで、噂を信じたからだ」
兄はそう言った。
「…そう、なんだ…」
罪状は大麻取締法と、傷害罪だったが、兄はてっきり、ヘロインの売買や、もっと悪質な暴力事件を起こしたと俺は思っていた。当時、周りでそういう噂があったのだ。しかしどうやら本当に小さな罪だったのだと、今はそれがわかる。嘘をつけない世界、だからだろうか?兄の言葉に嘘がないことが、なぜかはっきりとわかった。
「俺のことなんてどうでもいいんだよ。俺はこっちじゃ優等生だからな」
「優等生?」
「そう。だからこうして振り返りガイドの役目をやってんじゃねぇか。この仕事はよ、なかなかできねぇぞ?」
「振り返りガイドって、なんだよさっきから」
俺はため息をつきながら尋ねる。死んだということと、死んだ兄が目の前にいるという事実に、ようやく慣れてきた。
「おお、振り返りってやつははな、死んでから川に落ちて、まあ、闇落ちって俺はいってるんだけど、そうやって一気に浄化されるんじゃなくて、一度自分の人生を振り返ってだなぁ、果たせなかった、抑圧した後悔とかを精算するチャンスが与えられたんだわ。ただこのチャンスには条件があって、まずは自分で死んだとすぐに気付ける洞察力があることと、妄想の世界に逃げないこと、そして、ガイドを務めてくれる身内がいるってことだ」
何をどう理解して、どう答えて良いのかわからない。ただ、そんな重要な役割があるとするのなら、何でこんな…。
「おいおい、なんでこんな俺みたいな無責任男がって?かかかか!お前、大きな勘違いしてっけど、俺はさっきも言ったけどこっちじゃ優等生なんだぜ?そうだな…。まあ単純に言うとよ、人生における、成功者、なんだよ」
「はぁ…?」
兄が成功者? 一体、兄が何を成し得たのと言うのだ? さんざん人に迷惑かけて、家族を心配させて、家が大変だった時期にもロクに家のこともやらずに悪い仲間と付き合って、外国を何年もほっつき歩いて、帰ってきたと思ったら、芸術家気取りで、売れもしない怪しい絵を描いたり、ストリート書道のパフォーマンスなんかやって全国を放浪して…。そして最後はあっけなく交通事故死だ。そんな兄が成功者?
「そう。お前がどう思おうとも、俺はこっちじゃ優等生なのよ。そいで、お前のガイドってわけ。どうする?このままじゃガイドなしで先に進むと川があって、そこで闇落ちする。そうなると次の生まれ変わりで、かなりの重い学びをしないとならないんだよ。ほら、仏教でカルマって言うんだけど、聞いたことあるか?」
ない、と答えようとする前に、
「あ、ねえか? そういう勉強はからっきしだもんな。かははは!」
「そんな話はどうでもいい!」俺は声を荒げる。真っ白空間に、俺の声は反響がなく、吸い込まれるように広がる。「俺がなんで闇落ちだか地獄だか、カルマだか、そんな目に遭うんだ?」
「それは、お前がなんつーか、言いづらいんだけどよ、ほれ、俺が成功者だから、お前はこう、失敗者?ってことなんだろうな」
…俺が、失敗者?この、俺が?
「まあまあまあまあ!納得いかねぇよな? うんうん、わかるわかる。お前みたいなタイプはみんなそう!納得できねぇんだわ」
「俺みたいなタイプってなんだよ!」
「要するに、真面目で、頑張り屋さんで、金とか名誉とか、名声とか、そういう結果が人生の価値のすべてで、それ以外のものをくだらないって思っていたようなやつだよ」
「そんなことは…」
言葉が喉の奥で止まる。
「…ないって言い切れないよな? 自分でも薄々わかってるんだろ? お前は、金と名誉、数字と結果。それだけを追って生きてた」
そう、兄の言う通り、そんなことはないとは言い切れない自分が確かにいる。
俺は社会的に成功者なのかもしれないが、本当に、人生という単位で見た場合、俺は幸せなのか? 成功したのかと、死ぬ間際に何度も何度も煩悶したし、後悔もした。
「素直になれよ? お前は幸福な人生を歩んでなかった。認めちまった方がいいぜ?」
「いや、だが、…罰を受けたりするような覚えはない!」
とキッパリと言った。そうだ。何が闇落ちだ!カルマだ!犯罪行為はしていない。
「ふーん。じゃあ聞くけどよ。お前が死ぬ前、どうしてずっと一人ぼっちだったんだ?」
それは一番言われたくないことだった。
突然、真っ白い世界が、灰色になり、夜のような暗さになった。
「家族はどうした?」
離婚した妻と、今年で高校生になる娘は、最後まで顔を見せなかった。
「連絡、したのにな〜」
兄はその状況をよく知っているのだろう。だからからかうように言うのだが、俺はそれに対して何も反論はできない。
周りの景色が、どんどん夜のような暗さになる。俺の気持ちに反応しているのだろうか?
俺は独り身だったが、かつては結婚していた。娘もいる。しかし10年前に離婚している。
別れた妻とは養育費の引き落としだけがあり、実質音信不通だったが、なんとか知り合いのツテを辿り、最後に一度でも会いたい、そして娘と会いたいと、病状が悪化する中で伝言してもらった。
しかし、妻も娘も、病室にやってくることはなかった。わかってる。慰謝料や養育費とか、それだけの問題じゃないのだ。
「家族どころか、友達も、最後は全然来なかったしなぁ〜」
「ぐっ…!」
そこも痛いところだ。胸が詰まる。
俺には仲の良い友達がたくさんいた…そう思っていたが、実はリタイアしてから、どんどん友人とは疎遠になった。所詮ビジネスを通しての関係性でしかなかったのだ。
「忙しくて〜って、みんな言ってたよな? でも、わかってんだろ?」
そう、それもわかっていた。奴らが来ない理由は忙しかったからではない。別に俺に会いたくもなかったし、会う必要もなかったのだ。そもそも俺自身も、世話になった人が死にそうだと言う時に、同じように忙しさを理由に会いに行かなかったことがある。葬式ではあんなに神妙な面ができるのに。
俺は最後、孤独だった。確かに、孤独だったのだ。何よりもそれが一番辛かった。病気の痛みや苦しさよりも、耐え難い孤独感が、一番俺を苦しめた。
「家族や夫婦ってよ、お互い努力しないとなぁ。お前は金だけたくさん稼いで、贅沢させて、食わしてやってるって思ってたようだけど、それじゃぁ家族になれんよな〜。にしても、かかかかは!お前ってどんな昭和の時代遅れの頭してたんだよ?」
兄の言う通りだった。妻には、ひどい仕打ちをした。娘にも。しかし当時は、仕事が一番忙しい時期で、家族のことなんて構っていられ……。
「そうか?」兄はまた俺の心を読んで言う。「確かに忙しかったけど、仕事の後に家に帰ることはできたよな? お前はそれをしないで、仕事以外の時間は、全部愛人と遊んでたり、ほら、あの頃クルーザー買ったじゃん?船で遊んだりばかりしてじゃねえか」
「そ、それは…」
確かに、時間は、作れた。しかし、当時は愛人が二人いて、妻への愛情より、魅力的な若い女の方が、充実していた。
「船は、家族のためでもあった!それは本当だ!」
反論をする。すべてが悪かったわけではない。
「娘も嫁さんも、船酔いでダメだったじゃねえか?」
「そ、それは、…知らなかったんだ」
「じゃあ、家族は放って、女を連れ込み、海の上のラブホテルにするってのもどうかと思うぜ?」
何も、言い返せない。俺は、確かに家族に対しては、地獄行きの罪を背負ってるかもしれない。
友人もそうだ。ビジネスのために、成功のため、拡大のため、何人の仲間や古参のスタッフを切り捨ててきただろう?
「しかも、ちょっとでも裏切った人間には容赦しなぁったよな〜? 今後の見せしめといわんばかりに、社会的に抹殺するくらい、徹底的にやりこめたよな?お〜、怖ぇ怖ぇ」
「……わかったよ。俺は、確かに家族や、友人、人間関係は、ひどい人間だ。それは認める」
認めざるえない。ここは嘘のない世界なのだ。あっちではいくらでも嘘に嘘を塗り固めて誤魔化せたが、こちらでは無理だとわかる。
「だけど」俺はこれだけは言いたい。「仕事では成功した。それは評価されないのか? いや、そこれそむしろ評価されて然るべきじゃないのか?」
半分懇願に近かったが、それでもまだ兄の言うことに全てに納得してるわけではない。地獄?闇落ち?冗談じゃない。自分の招いたこととはいえ、最後は孤独の中で死んだことだって、それはむしろ同情に値するはずだ」
「うーん…。そっちの世界の判断基準があるように、こっちにはこっちの基準ってのがあってよ。つまりそれは、なんつーの、魂の基準っていうのかなぁ。人生には点数がつけられるんだけど、もちろんお前が家族とか部下にやったことは減点対象だわば。でも、お前がいくら稼ぎましたとか、ビジネス雑誌に載りましたとか、会社が上場しましたとか、それはこっちじゃ0点。つまり、プラスでもマイナスでもないのよ」
「そんな…。じゃあ、どうすればプラスの点数になるんだ?。まさか、徳を積めとか、善行しろってことか?」
「そりゃそうだ。あたりめえだろ。良いことしたら、良い結果があるってのは、あっちの世の話じゃなくて、死んだ後も続くんだ」
「…それなりには、いや、結構、社会貢献はしたはずだ!毎年、寄付もしてた」
「それって、心から寄付か? ポーズだろ?企業イメージのPRな。あのな、こっちじゃ嘘はなしだぜ?そもそも、寄付はいくら寄付したか? じゃなくて、どんな思いをもって、自分の財を手放したか? なんだわ。お前が100万円、自分のブランドイメージや戦略ために寄付したことより、月のお小遣い1000円の中学生が、災害報道を見て胸を痛めて、募金箱に100円入れる方が点数高いんだわ」
「しかし、100円では、誰も助けられない!100万円だから、たくさんの人を助けた…」
「うわ〜、ドン引き。なに? 俺様がやってあげたんだ!助けてあげたんだぜ? みたいな? その傲慢な考え方。はい!ますます減点。残念!」
そう言って兄は笑う。いつの間にか、タバコはなくなり、どこから出したのか缶ビールを手に持っている。
「ぷは〜、うめぇ!お前も飲むか?ほれ?」
そう言ってもう一つ、気がついたら缶を持っていて、それをこちらに投げた。俺はそれを受け取る。キリンビールだった。
「でもな、善行とかよりも、もっと大事な、一番大切は評価基準があるんだよ。人の役に立つとか、心掛けとかよりも、もっと大事なもんがある」
兄はプルトップを開けながら言う。白い泡が、缶から弾けるのが見えた。
「な、なんだよ、それ?」
「知りたい?」
つづく
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