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ブランディング? リア充? はあ?

リア充投稿

SNS「投稿」で「私はリアル(現実)で、とっても充実しています」というアピールをする投稿のこと全般を指す。

これは単純な「かまってほしい」とか「マウンティング」とか、「有用性、有能性アピールなどの、いわば『承認欲求』としての行動の現れともいえます。

しかし、そうじゃなくて「戦略」としても行われます。

なんの戦略って「マーケティング」であり、その中でもブランディングというやつです。

特定の商品の商品力としてのブランド価値を高め、好印象を与えて、その後の販売への広告戦略の後押しになります。

難しく言いましたが、要するに、「これって良いものだよね」という“印象”を与える戦略です。実際の中身や内容云々以前に、販売側の都合の良いイメージを与える活動、とも言えます。

SNSでのリア充投稿を、ビジネスブランディングの「パフォーマンス」としてやってる人は、販売する商品よりも、「販売する人」のマンパワーを頼りにしている人。

何を売るか?よりも、“誰が”売るか?に特化したビジネスモデル。同じような商品だったら、好きな人や応援したい人から買いたいと思うのが人間の心理。

SNSでのブランディングは、こと自己啓発系やスピリチュアルジャンルでも多いです。

それらの商品は「成功法則」などの情報商材なので、それを売って、教える講師が「成功者」として、その成功法則で成功している姿を体現していないとなりません。

それをSNSという、いわば無料の広告を使って、見た人が憧れ、羨むような「リアル(現実)」のプライベートをアピールして、その情報への好感度と説得力を後押しします。

SNSの時代は、彼らにとってなんとビジネスのしやすい時代でしょうか。

まあ、僕もぶっちゃけ、かなりその辺を意識しました。

SNSでは、

「みんなの役に立つ情報の投稿が6、自分のプライベートの楽しんでる姿を3、失敗談や、人間らしい話を1」

くらいの割合で投稿するといい…、みたいな話を教えられたことがあります。

確かに、それを教えてくれた人はもちろん、他にも往々にしてそんな感じで投稿しているインフルエンサーが多かった。

なので僕もそれを順守しました。

心を刺激するような、メッセージの強い内容を中心に、でも家族とか仲間と、豊かな暮らしをしている姿を見せつつ(特に子供ネタ、夫婦ネタは好感度を上げる)、時々おバカな姿を見せる。

これ、全部がメッセージやお役立ち投稿だと暑苦しいしかたっ苦しいです。新規の人には良いけど、慣れた人にはうざいです。

かといってプライベート過ぎると、見知った人には良いけど、新規顧客が来ない。だからこのバランス感覚が大事です。

SNS、ブログなどを使い「大島ケンスケ」という商品をブランディングし、好印象を与え続けることを、意識してました。

流れとしては、そういう投稿やブログから、
「会ってみたい」
「こんな風になれたらいいな」
と憧れてもらう、興味を持ってもらう ⇨ 自身というキャラクターをアピールしつつ、自分の扱う商品(講座・セミナー・セッション)へ誘導する。

まあ、楽しんでやってたし、僕はポイントは抑えただけで、自然にやれたけど、みんなそれくらい狡猾に、緻密にやってるってことです。

ただ、僕は一貫して「嘘はついてない」と、胸を張って言えます。

リアルに充実していたので、それを投稿してました。

もちろん、色々と嫌なことはありますし、トラブルもありました。それはいちいち投稿しません。

そういうことも「自己開示」なのか、「かわいそうアピール」なのか全部晒す人もいるけど、そういうのは読んでも気持ち良くないだろうから、そう言う時は黙っています。

投稿とかやめます。無理して「元気なふり」とかしません。

拙著「幸せになりたいの」で、

カリスマ・スピリチュアル講師「ピーラブちゃん」が、家族と実は破綻寸前なのに、娘とSNS投稿のためだけに仲が良さそうな写真を撮ってた、というのが主人公マドカにバレてしまう、なんてシーンがあります。

これ、実際に聞いた話なんです。

いつも、その人は娘さんと仲良しで、一緒にいる姿をインスタに投稿していたし、それでたくさんのファンから「良いなー」と羨ましがられていた。しかし、実態は離婚直前だった…。(その後離婚して、娘の親権は父親に)

まあ「パートナーシップ」の講座とか開いている人が、実は夫婦仲最悪だったりとか、お金のセミナーしている人が借金抱えてたり、訴訟起こされていたり、そういう話はゴロゴロあります。

ただすごいのが、そこに「罪悪感」とかないってことです。

「嘘をついてる自分」がないんです。「それはそれ、これはこれ」と、現実と、発信内容を完全に切り分けれます。

都合の悪いことは、なかったことに…。まあ、ちょっと話の本筋は違うけど、こんなのも…。

役者なんですよね。ブランディングって。

臭いものにフタ、はよくないと言われているけど、それも徹底すると、その人の世界に存在しなくなるようです。思い込みってすごいというか…。

だけど、都合の悪いことがバレたりつっこまれると「浄化」とか「宇宙の采配」とか、なんでもそういう超常的パワーの力にしてしまえるのがスピの優れた手法ですね。

「彼はソウルメイトなの♡」みたいに騒いでいたスピ(バ)カップルが、別れたら「宇宙からの学びは終わったの」みたいなことを言ってのけるし…。あの乱痴気騒ぎはなんだったんだろう?

まあそれくらい神経図太くてツラの皮が厚くないと成功できない世界なのかもしれません。

あ、もちろん真っ当な人もたくさんいますよ?

あくまでもごく一部に、こういう人がけっこう…、そこそこ…、まあまあな頻度で…、往々にして…、多々いらっしゃるわけです。

いつだか、こちらのnoteで、

仲間内の出版物やらセミナーを紹介し合い、SNSで楽しそうにしている姿をタグづけして、たくさん投稿する。

群れるのは好きじゃねぇんだ

なんて書いたけど、本当にそうです。

僕も自分が初出版する際に、同業のインフルエンサーに「献本」を編集者から言われて、すごく抵抗があった。

なぜなら「その紹介は、本当に「良い」と思っているのだろうか?」という疑問があった。

正直に言うと、僕もたくさんの人の書籍を紹介した。そこに関しては、嘘はついてないけど、自分自身にウソがなかったとは言えない。

僕もそこそこ知名度が出てくると、やはり「献本」される。みんな一冊でも売りたいのだ。少しでも影響力ある人に紹介してもらいたい。

だから僕は「お付き合い」もあって、そしてさくっと読んで、それをブログやSNSで紹介する。

それで、今度は僕が何か紹介してほしい時は、ギブアンドテイクで紹介されるという、すけべ心丸出しなんだけど、すけべこごろは隠して紹介していた。

もちろん、どんな本も一生懸命作られている。

だって売るためにみんな必死だ。商業の世界だから、売上という結果が全ての世界だ。

だから、どんな本にも必ず「良いところ」があるので、僕は良いところを見つけて、紹介する。そして、タグづけなどをすると、向こうの客層にもこちらの「好印象」がつく。

ブランディングだ。

書いたことに嘘はついてない。「これはわかりやすくて初心者の人には良い本だな」と思ったのは間違いない。絶対に良いところがあるので、それをアピール、紹介するのだから、嘘はついてない。

でも、自分の心にウソをついていた。

だって、僕自身はそれらの書籍を「読みたい」と思っていない。僕基準の「良い本」と思っていないことがほとんどだ。

そもそも、僕が読むスピリチュアルや精神世界の本なんて、かなり「専門書」のようなものなので、大衆向けのライトなスピ本なんて興味あるわけない。

自分が興味のないものを、一生懸命紹介する。これは、自分自身に嘘をついていた。なぜかというと、好感度、お付き合い、忖度という、ビジネスブランディングのためにやっていた。

しかし、それらをさんざんやって、ようやく気づいた。だから今は、よほどのことがない限り紹介とかしないですね。

だから「献本」が心苦しくて…。読むことないのに、「読んでほしい!」と言われてても、ねぇ…。だから基本的に献本は丁重にお断りしています。

このように、ブランディングって、かなり「ウソ」が多いし、みんなプラベートを曝け出しているようで、なんだかんだ「役者」だってことです。

なので世の中の広告や、インフルエンサーの投稿を鵜呑みにしないことです。現実の都合の悪い部分は絶対に見せませんから。

彼らはお金をたくさん稼いで、豊かになって、ラグジュアリーなホテルにいるインスタ投稿はしても、詐欺で告訴されて、弁護士に相談しているシーンはインスタ投稿しません。

さて、そんな僕は「ブランディング」的にはかなり「失敗」してます(笑)

これは心ある人たちから複数指摘、アドバイスもありました。

「結局、ケンスケさんって何やってる人がわからないよ?」

ということです。スピリチュアル講師なのか、アーティストなのか、小説家なのか、政治問題を指摘するコラムニストなのか。

「これじゃケンスケさんにせっかく興味持ってくれたお客さんは混乱しますよ?」

確かに、その通りである。ビジネスで海千山千の方からアドバイスされたが、本当におっしゃる通り。

拙著「人生をひらく不思議な100物語」のレビューにも、

「…あと著者のこの本を読んでからnoteで全体公開されているパールハーバーや南京についての捏造についての話を読むとチグハグな印象を受けてしまいそれもスッキリしない読後感に、さらに拍車をかけました。」

と書かれたことがある。

確かに、2019年11月末に出版した「人生をひらく不思議な100物語」は、いわゆる「スピ本」なのだけど、ちょうどその本を出した後にコロナ騒動とか、社会情勢が不安定になったので、僕は「目覚めの時!」と思ったので、政治的なこと、歴史的なこと、社会の裏側などを言及した。

そこで多くのスピファンとして僕のフォロワーだった人たちが離れていった。

まあ、そうなるとわかってやったけど、予想を遥かに上回る離れっぷりだった。まあ、そこは僕の書く文章がつまらなかったから、と言われれはそれまでなので言い訳はできないけどね。

だけど日本って、元々アーティストや芸人が「政治」とかに言及するのをよしとしない文化がある。

アメリカだと、大物ミュージシャンや俳優が、政治的発言をするのは有名だ。

日本は「芸人なら芸人らしくしろ」となってしまう。日本人の多くが、自分のイメージする特定の人が、イメージから逸脱することを許容できないのだ。

あと、一つの仕事、それだけを懸命に打ち込んでいる人の方が好感が高いという文化もある。

ちなみに、まっちゃんこと「松本人志」が、性加害で芸能界を降ろされたのも、彼がワクチンのことや、政治の問題にかなり言及してたから、という説もあるけど、僕もそう思う。

でも、僕は後悔はない。だって、これが僕だから。言いたいことは言うし、書きたいことはかく。書きたくないことは書かない。

少なからず、そんな僕の発信を読んでくれる人、ワークショップに来てくれる人もいる。ありがたいことです。この場に変えて感謝をお伝えします。

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