ルネッサンス晩餐界の、エンターテナー。
ルネッサンス時代のイタリアの食文化や食マナーは、ほかのどこの諸外国よりも、最先端を行き、他国が手掴みで食べ物を頬張っていたとき、イタリアでは、フォークで食べ物を口に運んでいたそう。
国外へ出るときは、自分のマイフォークを持参したと伝えられています。
いまは、テーブルに着くと、ナイフとフォークの一式が並べられ、お皿に盛られたものを、自分でナイフで切り分け、フォークで口に運ぶけど、ルネッサンス当時は、ナイフ担当、すなわち「切り分け係り」という、立派な専門職が存在していたのです。
晩餐会のスター「トリンチャンテ」
いまは「包丁が切れる」とか「肉切り包丁」という意味で使われる、トリンチャンテ(Trinciante)という言葉が、彼らの呼び名です。
トリンチャンテが活躍した晩餐会。それぞれの担当で、デザインが異なる、主人の家紋の色や柄などが取り入れられた、華やかな服を着て、優雅に、笑顔を絶やさず、主の顔を立て、ゲストを満足させるスタッフ。
どのような人たちが、宴を支えていたのでしょう。そのメンバーとは、いかに。
チームのトップに立つスカルコは、スカルケ(skalke)という言葉 がベースになっていて、給仕の意味。メニューを決めるところから始まり、キッチンからホールへと運び込まれるまでの調理時間、余興中のゲストの様子、テーブルにサーブするタイミングなど、主人の意向を汲み取りながら進めていく、晩餐会のトップオブザトップ。
テーブルには、砂糖細工のお菓子や、砂糖漬けの果物、ナッツ類が並び、カトラリーは銀製、浮き彫り絵が薄くカッティングされたグラスには金箔が施され、招待された男女は、最高のドレスに身を包み、女性の髪型は、最新の流行のもので結われ、装飾され、高価な宝飾が肌を引き立たせる。
そんな雰囲気のなか、調理されたお肉が、大きな塊に切り分けられて、大皿に美しく盛らています。その傍に立つトリンチャンテ。ご主人様へお出しする食べ物には、手で触れてはいけません。
そこで、トリンチャンテが主人の隣に近づくと、大皿に覆われた白いクロスを取り去り、ひとこと。
大皿からフィレ肉の塊を大きなフォークで取り出し、もう片方に手にしたナイフで、シュッ、シュッ、と一口サイズに切り出すと同時に、皿の、そこにあるべき場所に、宙を描いて、ポトン、ポトンと落とされる。
肉を切り落としたら、流れるような動作で、ナイフの先で、塩入れから塩をつまみ、お肉の上にサラサラとふりかけ、ナイフとフォークを、刺繍の施された布で拭き取り、皿に戻し、終了。
こちらは、フィレンツェ出身のルネッサンス時代のアーティスト、ベンヴェヌート・チェッリーニ(Benvenuto Cellini)が、フランス王フランソワ1世のために作った、塩入れ。
え? どこに塩を入れるの?
裏側に、塩を入れる器があるんです。
いまでも、フィレンツェの工房では、塩入れが作られています。こちらは、以前に案内したメタル工房が作る塩入れ。便利で使いやすいボトルの塩入れが普通に販売されているいまでも、こんな風に受け継がれているのって、素晴らしいなあと感じます。
卓越した技術を、なんでもないようにスマートにこなし、1つ1つの所作も優美でエレガント。ゲストは、驚き、喜び、拍手喝采。主人も、ふむふむ。とご満悦。
もちろん、使われるフォークやナイフも、トリンチャンテ仕様のもので、美しい装飾が施された工芸品レベル。
そんな光景が、ルネッサンス時代の晩餐会では繰り広げられていたのです。
1581年に発行された「トリンチャンテ」マニュアル
お皿に置いて切り分けるのではなく「空中で」行うパフォーマンス。高度で複雑な技術が必要だったようで、専門学校もあったようです。
1581年には、ヴィンチェンツォ・チェルヴィオ(Vincenzo Cervio)なる人物が、トリンチャンテのマニュアルを発行しています。
その目次を見るだけで、いかに様々な食べ物を、入手し、調理し、食卓に上っていたのか、わかって楽しい。種類は多岐に渡り、鳥、魚、牛、羊、豚、そして、果物、野菜。
トリンチャンテとはどうあるべきか、なんたるものか。数あるナイフを使い分け、晩餐会に出される、ありとあらゆる食べ物の適正な切り方を熟知し、さらに、それを至高のパフォーマンスまで高めるように、163ページに渡り、詳細に記載されています。
マニュアルを発行した、ヴィンチェンツォ・チェルヴィオは、アレッサンドロ・ファルネーゼ枢機卿の専属トリンチャンテで、ローマ法王や、各国の国王などを招き、晩餐会が催されるときに、そのパフォーマンスがいかんなく発揮されたことでしょう。
アレッサンドロ・ファルネーゼ枢機卿は、ローマ郊外のカプラローラという町に美しい邸宅を建てた人物で、いまも、邸宅がそのままの姿で残されています。
メデイチ家の宮廷晩餐会
1500年代のメデイチ家の宮廷晩餐会で、トリンチャンテを担当したのは、ピッティ宮殿内にあるボーボリ公園に人口洞窟や、ウフィツィ美術館のトリブーナを作った、ベルナルド・ブオンタレンティ。
ブオンタレンティは、芸術家、舞台演出家、建築家、と多岐に渡り、メディチ家君主の右腕として活躍した人物。
メディチ家君主フェルディナンド1世が、フランスからクリステイーナ妃を迎えて行われた結婚式は、1週間続き、夜な夜なイベントが開催されたようですが、総合演出を務めたのも、ブオンタレンティ。
ピッティ宮殿の中庭に水を張り、海中戦の舞台を作ったと伝えらていたり、演奏に詩をつけて歌わせたのが、オペラの原型とも言われています。
ボーボリ公園の人口洞窟は、いまは天井に穴があり、まるでローマのパンテオンのように太陽の動きにより洞窟内に光が差しますが、作られた当時は、透明な円球の金魚鉢が嵌め込まれていて、そのなかで泳ぐ金魚が、太陽の光により、洞窟内で影となり、ゆらり、ゆらりと、まるで本当に魚が泳いでいるような、幻想的な空間を演出していたんです。
なんという柔軟で、かつ、奇抜なアイデア。
もし過去に戻れるなら、会ってみたい人物が何人かいるけど、彼もその一人。
そんなブオンタレンティが、メディチ家の専属トリンチャンテなんて、想像しただけで、楽しそう。
このブオンタレンティ、もう1つ、有名なものを発明しています。1565年にスペイン大使をお招きしての晩餐会のときに、初めてお目見えした、ミルクの氷菓子。それが、ジェラートです。
いまも、フィレンツェのジェラート店では、ブオンタレンティという名のジェラートがあるんですよ。
いまでも、ボーボリ公園には、当時の氷室が残されています。ここに、冬になると氷や雪を保存し、食料を保存したり、夏でも氷が使えるようにしていたのです。冷蔵庫のない時代の、夏の氷は、最高の贅沢品だったことでしょう。
高級テーブルウエア
5つのラピスラズリと金で作られた豪華な真っ青な水入れ。ブオンタレンティがデザインして、フィレンツェの工房に作らせたもの。制作は1583年。
このフィレンツェの工房には、宮廷世界に、卓越した技術で名を轟かせた、ミラノの貴石やクリスタルの職人、ジャン・アンブロージョ(Gian Ambrogio)とジャン・ステファノ・カローニ(Gian Stefano Caroni) が呼び寄せられていました。
彼らは、ブオンタレンティのデザインをもとに、数々の作品を作り出しています。
金の装飾部分は、フランスで生まれフィレンツェで活躍した金細工職人ジャック・ビリヴェルト(Jacques Bylivelt)が担当。
1500年以降、メディチ家大公たちは、自分たちが直接に管轄する工房を開設しています。
芸術家がデザインを担当し、各国から腕の良い職人をハンターしては、フィレンツェに呼びよせ、高級工芸品とも言うべき、作品を生み出していました。
各国の国王や大使などが、フィレンツェに訪問しときは、晩餐会を開催し、これらの作品をテーブルに並べては、メディチ家の威信を誇示する役目も果たしたことでしょう。
前述でも案内した、メディチ家フェルディナンド1世とクリステイーナ妃の結婚式のときに作らせたもの。クリスタル製のドラゴンの形をした器。
これは別な器。フランスにお嫁に行ったカテリーナ妃が相続したものを、姪のクリステイーナ妃に送っています。緻密なクリスタルの彫り。
時は移り、1700年代後期のフィレンツェ。
メディチ家が断絶し、ハプスブルグ家が後を継ぎ、ピッティ宮殿には、ピエトロ・レオポルド大公がお住まいになられていました。
ピエトロ・レオポルドは、一般にはレオポルド2世と呼ばれており、母上様はマリア・テレジア。ということは、マリーアントワネットの兄上です。
ピエトロ・レオポルド大公は、様々な改革を起こし、落ちぶれ始めていたフィレンツェをV字回復させた人物。
こちらは、デザート用のセット。1765年から1775年にかけて、オーストリアで作られたもの。
焼き菓子、アーモンドに糖衣をかぶせた砂糖菓子、マジパン、果物、砂糖漬け果物、などが、器に美しく盛られていたことでしょう。
右側の器が何重にも重ねられている容器は、なにに使われていたと思いますか?
一番下と一番上の両方の容器に氷を入れて器を冷やし、中間の容器に氷菓子ジェラートを入れるための器だったんです。なんて素敵。
いまなら、スパークリングワインとか、白ワインを冷やすクーラーボックスとして使ったり、果物を冷やしたり、いろいろな用途として使えそう。誰か、作ってくれないかしら。
イタリアの大晦日は、友達同士で、レストランで、コンサートホールにて、各自各様で晩餐会を楽しみます。通年と違うところは、PRC検査必須!グリーンパス必須!マスク必須!
それでも、年は明ける!!
立ち寄ってくださった方々、
ありがとうございます。
2022年も、よろしくお願いします!
2022年が、
みなさまに幸と希望が訪れる
年になりますように!!
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