4books|遠藤秀紀『ニワトリ 愛を独り占めにした鳥』(光文社、2018年)
みんなの胃袋を満たすニワトリ
鶏の唐揚げが好きな方は多いですし、オムライスや卵焼き、プリンに親子丼など、卵料理は老若男女に人気がありますよね。鶏肉は牛や豚に比べてお手頃で、卵も価格変動の小ささから、かつては物価の優等生と言われていました。
私たちに「安い・おいしい」を提供してくれるニワトリが、いかに長い間、人間をトリコにしてきたかを語る本書。
著者の遠藤氏は東京大学総合研究博物館教授で、動物の遺体から学ぶ「遺体科学」を提唱しています。同博物館の「家畜 ―愛で、育て、屠る―」展(2019年)では、展示監督として土曜日にギャラリートークを行っていました。体色や姿かたちの多彩なニワトリの剥製が群れをなす展示室で、参加者の質問に丁寧に答えていた遠藤氏。全員に「今はもう絶版だから貴重ですよ」と手渡してくれました。(ニッチすぎて売れなかったのかな)
ちょっと読みづらい
いきなり難点からお話ししてしまうのですが、遠藤氏の旅行記とサービストークがニワトリの歴史やデータに関する記述の合間に出てくるので、ちょっと読みづらいのですね。読者を楽しませようという意図だと思うのですが、息抜きパートとお勉強パートがシームレスで、うまく頭が切り替えられませんでした。
息抜きパートは囲みにするとか、地色を敷くとか、区別してくれ!
オレの話はいいからニワトリの話をしてくれ!
中華料理店「東天紅」の話は一文でよくない?!
人間のために管理・改変される命
本書は、ニワトリの開祖セキショクヤケイを求めてラオスを訪れるところから始まります。見た目も地味で食べるには小さいこのニワトリが、家畜化され、交雑が繰り返され、世界中に広まっていきました。
肉用鶏(いわゆるブロイラー)は、日本では毎年200万トンも食肉として消費され、生まれて50日ほどで出荷。卵用鶏(代表は白色レグホン)は、生まれて160日目くらいから、平均60グラムの卵を年間300個産み、700日ほどで産卵能力が衰えて廃棄されます。また、名古屋コーチンのように卵も肉も食べる兼用種も存在します。こうした機能的な品種は、早く大きく育つものや卵の大きいものなど、特長の異なる複数の品種を掛け合わせて誕生しました。
効率や合理性に基づき、徹底的に人間に管理された環境で育てられるニワトリのことを思うと、鶏権を尊重しなくてごめんね、という気持ちになってしまいます。
それでも食べるんですけどね。ありがとうね。
多様な心のエネルギーに応える
ニワトリの楽しみ方、利用方法は実にさまざまで、用途によって品種が異なります。闘鶏には首が長くて後肢のたくましい軍鶏(しゃも)、愛玩用には小さくて丸っこい矮鶏(ちゃぼ)や長尾鶏、美しい鳴き声で時を告げる小国(しょうこく)。アジアやヨーロッパにもたくさんの仲間たちがいます。
著者は、ニワトリに反映してきた人間の欲望を「心のエネルギー」と名付け、多種多様な心のエネルギーに応えてきたニワトリを「家畜の最高傑作」と称しました。
確かに、牛には肉牛と乳牛がいて、闘牛もあるけれど、個人が飼うには難しい。豚も声以外は全部食べられ、マイクロブタなどはペットとしても人気だけれど、鳴き声は短く響かない。そう考えると、肉・卵・骨を煮出したスープがおいしく、美しい鳴き声と羽毛を持ち、そして両手で抱えられるコンパクトなサイズのニワトリは、家畜としてオールマイティーで稀有な存在なのかもしれません。
そんなニワトリに魅了された筆者の愛が、本書には詰め込まれています。
冒頭では食べる話しかしませんでしたが、ニワトリを愛した人物に江戸時代の絵師・伊藤若冲がいます。若冲は庭で複数のニワトリを飼育して間近に観察し、神々しいまでに絢爛で力強い姿で描きました。太平の世を示す諫鼓鶏(かんこどり)の意匠もあるように、ニワトリは文化的にも大きな足跡を残しているのです。
鳥インフルエンザに寄せて
巻末に、鳥インフルエンザについて触れている節があります。
著者はそこで、8000年もの長い付き合いを続けてきた以上、ニワトリを含め家畜由来のウイルスによる脅威は避けられない。全くゼロリスクにはできないのだから、日頃の手洗いうがいを徹底し、ワクチンや抗ウイルス薬で対抗することが有用だと主張しています。
本書の発刊はコロナ前ですが、今の状況と重なる部分があると感じました。大規模な施策や派手な水際対策に目が行きがちですが、小さな対策でリスクの芽をコツコツ潰していくのも大切です。情報や雰囲気に振り回されず、冷静に効果的と考えられる方法を取捨選択して実行していきたいですね。