49arts|猿若祭二月大歌舞伎(歌舞伎座)
猿若祭二月大歌舞伎 昼の部を鑑賞してきました!
猿若とは、江戸歌舞伎の創始者である猿若勘三郎(のちの中村勘三郎)のこと。
今回は十八世中村勘三郎さんの十三回忌追善興行として、勘三郎さんの御子息やゆかりの俳優陣が出演します。
新版歌祭文 野崎村(しんぱんうたざいもん のざきむら)
「うたざいもん」は読めない。
実際の心中事件を題材にした「お染久松物」と呼ばれるジャンルの一つです。
舞台は久松の郷里・野崎村。久松は地元に許婚がいるものの、奉公先のお嬢さんのお染と恋仲になりました。お染は嫁入り先が決まっている身の上のため、久松はお染に縁切りの手紙を残して、故郷に帰ってきました。しかし、お染が後を追ってやってきます。
許婚のお光を演じるのは、中村鶴松さん。一般家庭から勘三郎さんに憧れて歌舞伎役者になりました。初々しくて可愛らしいお光です。
幼い頃から久松と一緒になることを約束され、突然の祝言に驚き喜んでいたお光。久松とお染の命を救おうと下した決断に胸が痛みます。
恋心や浮世の義理、病の床にいる婆さま(久松とお光の義母)のこと、それぞれに譲れぬ思いがあります。その思いを通そうと、心中を止めようと
「私が死ぬ、いや俺が死ぬ」というやり取りで笑いが起きてしまうのは、ダチョウ倶楽部さんの功罪か。深刻な場面なんですよ。
メインの人物だけでなく、端役の演技も楽しめる演目でした。
釣女(つりおんな)
能の演目を取り入れた「松羽目物(まつばめもの)」と呼ばれるジャンルで、能舞台に倣い、舞台の後ろには松が描かれます。
登場人物はお幕(下から開くタイプ)から登場して「我が名はアシタカ!」とまず自己紹介をします(ナウシカ歌舞伎は松羽目物ではない)。舞台のお手伝いをするのも黒子ではなく、紋付袴を着た後見(お弟子さんが務める)です。
独り身の大名と部下の太郎冠者は、妻を得たいと恵比寿様にお願いしに行きました。すると夢のお告げがあり、指示された場所に向かうと、一本の釣竿が。これで妻を釣れ(物理)というのです。
女を釣る・引っ掛けるというと聞こえは悪いですが、ファンタジーな設定のフィクション、引き寄せるニュアンスでしょうか。
太郎冠者は中村獅童さん、大名は中村萬太郎さんです。
ずっと博打打ちの獅童さんしか観ていなかったので「他の役もできるんだな。でも獅童味が出ちゃうんだな」と思いました。
萬太郎さんは溌剌とした声が印象的でしたが、ビーマ様(マハーバーラタ戦記)じゃないですか。
太郎冠者が釣り竿を投げたあとに「当たるぞ…エヘッ、当たるぞぉ」と唄の方が楽しそうに言うので、ついつい表情を見てしまう。
大名は見目麗しい高貴な女性(坂東新悟さん)を、太郎冠者は醜女(しこめ)——とても個性的な顔で押しの強い女性を釣り上げます。通常立役(男役)の役者が演じるそうで、今回は中村芝翫さんが醜女に扮しています。
「そなたは鬼かバケモノか、消えてなくなれ」と、随分な物言いの太郎冠者。
自分が引っ掛けといて、ヒドイぞ!
アドリブも多い演目なので、転じる人によって印象が変わりそう。
籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)
江戸・吉原で起きた刃傷事件を題材にしたお話。
あばたづら(疱瘡(ほうそう)の痕でくぼみだらけの顔)で田舎者の次郎左衛門は、吉原の遊女・八ツ橋に一目惚れ。引き手茶屋の亭主に郭の作法を教わり、2〜3日に1度という頻度で通い詰めます。けれど、いよいよ身請け間近の時になって振られ、その恨みから八ツ橋を斬り殺してしまうのです。
2時間弱ある長丁場の舞台ですが、一目惚れのプロローグと復讐のエピローグ以外は、たった1日の出来事です。
次郎左衛門は中村勘九郎さん、八ツ橋は七之助さんが演じます。
八ツ橋は気高く美しい遊女だけれど、間夫(まぶ、惚れた男)のこととなると感情が漏れ出てしまう。次郎左衛門は、田舎者から粋な旦那、復讐に燃える男と変化していくのが見どころです。
繊細な演じ分けのできる実力はもちろん、求心力も備えた人気の中村兄弟。大向う(掛け声)も拍手も、いつもより多い気がしました。
舞台は華やかな花魁道中からはじまり、下手や花道、舞台の奥と、四方八方から着飾った花魁の行列が行き交います。中央には満開の桜と山吹の花。
役者総出、場内全体を使った演出は見応え満点です。ありがとうごぜぇやす。
花魁に振られたくらいで斬り殺すのは短気が過ぎる。温厚な性格の次郎左衛門らしくないと思うのですが、いくつもの要因が重なって起こった悲劇なのです。
まず醜男で女っ気のなかった次郎左衛門ですから、金で買った関係とはいえ、こんな美人と枕を並べたら有頂天になってしまいます。
花魁も、金払いが良く粋な振る舞いで、浮気もせずに足繁く通う客相手には、丁寧に接するというもの。郭の人たちからも公認の仲です。
それなのに地元の商人仲間、芸者や太鼓持ちが大勢集まった宴会の席で、「顔も見たくないほど嫌い」と言い放たれてしまうのです。
この諸悪の根源が、八ツ橋の書類上の親である遊び人の権八(尾上松緑さん)。なんやかんや理由をつけ、八ツ橋のお客である次郎左衛門から、店の者を介して何度も金を借りていました。
あまりにも度が過ぎると断られた腹いせに、八ツ橋の間夫である栄之丞(片岡仁左衛門さん)をけしかけ、次郎左衛門を振るように仕向けたのです。
八ツ橋から直接頼まれたわけではありませんが、次郎左衛門は通常の吉原遊びの代金に加え、八ツ橋のプライベートなお金も工面していることになります。
これには次郎左衛門のお供の治六(中村橋之助さん)も「金を返せ」と激怒です。
大勢の前で恥をかかされた次郎左衛門は、この怒りと悲しみ、恨みを数年寝かせて復讐を遂げます。
お陰で全員バッドエンド。
浮世の義理に見栄と恥、さまざまなものに囚われて地獄に向かっていく野崎村に籠釣瓶、お気楽で明るい釣女。メチャクチャな味のサンドイッチですね。