★『みがけば光る』石井桃子
「ことばは、みがけば光るもの」──日常の中の大切なこと、
美しいものについて、日常の言葉で語ること
石井桃子さんの言葉を読むと、ねじくれた自分の心も幾分まっすぐになるような気持ちになるのはなぜでしょうか…。
この本は、以前紹介した『新しいおとな』と同じシリーズとして出版された、児童文学者・石井桃子さんの随筆集です。
出版されたのは『新しいおとな』よりも半年ほど前ですが、所収されている文章が書かれたのは、1950年代~1990年代と、年代的にはほぼ同時期の作品です。
内容としては、子どもや児童文学について直接的に語られているというより、生活や社会情勢、世相を題材にして、それらについての感情、考えを述べられているので、文字通り随筆集、といえるでしょう。
しかしそこにはやはり石井桃子さんならではの、優しい語り口のなかにも、するどく本質を掴まえた言葉が印象に残ります。
むしろ特別な人でも、特別の場所でもない、普通の人の、普通の日常の中に現れた、あまりにも普通なことで逆に時とともに誰からも忘れられてしまうような大切なこと、そのようなことについて書かれた本だと思いました。
この本に収められた文章の一つ一つが、言葉にし難いけれど、かけがえのない感情や感覚に、それでもなんとか言葉という形を与えて、その時の新鮮な質のまま残されているように感じます。
石井さんの言葉を読んでいると、そんな「かげがえのない普通のこと」を忘れないために、そして誰かに伝えていくためにも、言葉があるのだということを思い出すのです。
しかし、日常にはもちろん良いことばかり、大切なことばかりが在るのではありません…。
嫌なこと、困ったこと、おかしいこと、辛いこと、むしろそんな人間にとって都合の悪いことのほうが多いようにさえ思えることがあります。
それでも、この本を読むと、そんなことさえ、一たび、みがかれた言葉によって形を与えられ、そのもののもつ本質がくっきりと伝えられたとき、誰かにとって意味のある記憶として有り続けることができるのだと思えました。
石井さんの残してくれた、このような言葉は、私たちをずいぶん勇気づけてくれるように思います。
「ことばは、みがけば光るもの」──詩人でなくても、せめて、毎日の暮らしのなかで自分が感じ、考える言葉を大切にみがき、それを、日々ともに過ごす人に対して、素直に、美しく伝えていきたい…。
この本を読んで、そんなふうに思いました。